前回の記事では、筆跡鑑定書を評価する際に、安易に「一致・類似箇所」を指摘している鑑定書は危険であること、そして「希少性のある特徴」に着目することの重要性をお伝えしました。
今回は、さらに一歩踏み込んで、筆跡鑑定の「指摘基準」という重要な概念について解説します。
「書く都度の変化」と「恒常的な書き癖」を見極める
筆跡には、大きく分けて二つの特徴が存在します。
- 書く都度に変化する単なる特徴: これは、その時々の筆記状況や精神状態によって変化する、一時的な特徴です。例えば、字の線の長さや、曲がりの角度など、一見して分かりやすい部分に現れることが多いです。
- 恒常的に出現する書き癖(固定化された書き癖): これは、筆記者が無意識のうちに繰り返し現れる、その人固有の筆記習慣です。脳の指令によって形成されるものであり、書くたびに大きく変化することはほとんどありません。
問題は、多くの人、そして残念ながら一部の裁判官や鑑定人ですら、この二つの違いを正確に理解していないことです。
指摘基準がなければ、どんな鑑定結果も導けてしまう?
以下の図をご覧ください。

もし、筆跡鑑定において「指摘基準」を設けていなければ、鑑定人は指摘する箇所を自由に選択できてしまいます。そうすると、意図的に「似ている箇所」だけを選んだり、「似ていない箇所」だけを選んだりすることで、どちらの鑑定結果も導き出すことが可能になってしまうのです。
つまり、筆跡鑑定において最も重要なことの一つは、変化の少ない「恒常的に出現する書き癖」を指摘基準としなければならない、という点にあります。
誤解されやすい「単なる特徴」と、信頼できる「書き癖」
以下の事例で、この違いを明確に見てみましょう。
信頼できない鑑定の例:「単なる特徴」に惑わされる危険性
以下の図にある「鑑定資料」と「対象資料」の筆跡は別人による筆跡です。青枠で囲まれた箇所と赤い補助線にご注目ください。


この図の赤い補助線が付いている箇所は、書く都度に変化しやすい「単なる特徴」です。つまり、書くたびに変化する箇所では、正確な比較はできないのです。
しかし、筆者識別ができない「伝統的筆跡鑑定法」では、この「単なる特徴」までをも指摘し、以下のような結論を出してしまうことがあります。
- 「第1画の長さがB4の筆跡に類似している」
- 「第2画の形状の反り具合がB5に類似している」
このように、伝統的な鑑定法は「指摘基準」という概念が存在しないため、「書く都度に変化する単なる特徴」を根拠に「同じ筆跡である」と判断されやすくなってしまうのです。これは、非常に大きな間違いです。
信頼できる鑑定の例:「恒常的な書き癖」に着目する脳科学鑑定法
一方、「恒常的に出現する書き癖」を指摘基準とする「脳科学鑑定法」では、以下のように分析します。

この例では、「第2画の第1画の上への突出」が、手本文字よりも短く書く「傾向」が恒常的に現れています。さらに、「第2画の第1画との交差部がかなり左寄りとなる「傾向」も同様に恒常的に現れています**。
まさに、この「恒常的に出現する固定化された書き癖」こそが、筆跡を比較し、同一人物か否かを判断する際の信頼できる基準となるのです。
信頼できる筆跡鑑定書を見抜くためのチェックポイント
これまでの解説をまとめると、有効な筆跡鑑定書であるか、あるいは意味のない無効な鑑定書であるかを判断するために、以下の2つの点をチェックするだけで、比較的容易に見極めることができます。
- 安易に「一致・類似する箇所」を指摘していないか?
- 特に、「分かりやすい特徴の一致・類似」や、「標準的に誰もが書く特徴の一致・類似」を同筆要素として指摘していないかを確認しましょう。これらは、本人識別には繋がりません。
- 「指摘基準」が設けられ、書く都度変化する「単なる特徴」を指摘していないか?
- 本当に信頼できる鑑定書は、「恒常的に出現する書き癖」を明確な指摘基準としています。
これらの視点を持って鑑定書を読み解くことで、その鑑定書が科学的根拠に基づいているか、表面的な類似点に惑わされていないかを判断できるはずです。
多くの裁判官が「筆跡鑑定は証拠能力に限界がある」「どの鑑定書も同じ」といった固定観念に縛られているのは、誤った鑑定書を読み続けてきた結果かもしれません。しかし、正しい筆跡鑑定法が確立されている今、その事実を理解し、認めることが必要です。
筆跡鑑定を軽視することは、善良な人々が不当な判決に苦しみ続ける原因となります。この重要な事実に、一日も早く気づいていただきたいと強く願っています。
筆跡鑑定について、さらに詳しく知りたい点があれば、お気軽にご質問ください。


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