「遺言書が偽造だ!」「契約書は本人の筆跡ではない!」と強く主張しても、裁判でその鑑定結果が軽視されるケースが後を絶ちません 。
この不条理の根源は、長年主流であった従来の筆跡鑑定法(伝統的鑑定法、数値解析法)が、偽造者の模倣技術という外部要因に鑑定結果を操られるという、構造的な欠陥を抱えているからです 。
この手法の無力さは、鑑定人の経験不足ではなく、鑑定法自体の論理的・科学的欠陥にあります。
1. 従来の鑑定法に潜む「無力さ」の根源
従来の鑑定法は、偽造の意図がない平時の筆跡(自然筆跡)の比較において、経験則に基づいたある程度の判断が可能でしたが、偽造の意図が介在した瞬間に、その証明力が崩壊します 。
1.1. 伝統的鑑定法:「類似性」という偽造の罠 📉
伝統的鑑定法は、鑑定人の経験と勘に頼り、筆跡の形や癖といった「見た目の類似性」を判断の核とします 。このロジックは、偽造の基本原理を無視することで破綻します 。
- 論理の破綻: 偽造者は、本人の筆跡に似せて書くのが当然であり、表面的な類似性は容易に模倣できてしまいます 。
- 結論の外部依存: 鑑定の結論が、筆跡の本質ではなく、**「偽造者がどれだけ巧妙に真似たか」**という偽造者の技量に左右されてしまうのです 。
- 司法の評価: 1965年の最高裁判決でも、伝統的鑑定法は「多分に鑑定人の経験と感(勘)にたよるところがあり、ことの性質上、その証明力には自ら限界がある」と明確に認められています 。
1.2. 数値解析法:「統計的前提」の崩壊 🚫
筆跡を数値化し客観性を高めようとする数値解析法も、実務の制約と偽造の脅威によってその科学的根拠を失っています 。
- サンプルの壁: 筆跡の個人内変動幅(筆跡のブレ)を正確に特定するには、統計学上最低30個以上の比較サンプルが必要ですが、実務ではわずか数個しか集まらないことがほとんどです 。
- 統計的根拠の喪失: サンプル不足により、鑑定の核である変動幅の分析が統計的裏付けを失い、鑑定結果が曖昧な主観的判断に逆戻りする危険性があります 。
- 偽造の潜入: 偽造者が本人の特徴を再現した場合、偽造筆跡が真筆者の広い変動幅の中に容易に収まってしまう可能性が高く、数値分析を無力化してしまいます 。
- ブラックボックス: 「同一人物」と判断する際の閾値(判断境界線)の設定根拠が一般に公開されておらず、科学的な説明責任が果たされていません 。
2. 脳科学的視点が示す「真の無力さ」
「脳科学的筆跡鑑定法」の提唱者二瓶淳一(当研究所鑑定人)は、従来の鑑定法が偽造の原理に抗えない真の理由を、脳科学的な視点から指摘しています 。
- 筆跡は無意識の運動プログラム: 文字を書く行為は、自転車の乗り方と同じく、脳に深く刻まれた手続き記憶という無意識の運動プログラムの痕跡です 。
- 偽造者の限界: 偽造者が形を真似ようと意識的なコントロール(大脳皮質の介入)を試みるほど、本来安定しているはずの無意識の動作パターンに不自然な乱れ(恒常性の崩れ)が生じます 。
- 従来の鑑定の盲点: 従来の鑑定法は、偽造者が意識して作り出す「形」ばかりに注目するため、偽造者が意図せず残してしまう無意識の動作の崩れという決定的な証拠を見逃します 。
このことから、従来の鑑定法は、偽造者の模倣技術が介在した瞬間、その客観的・統計的根拠の曖昧さゆえに、真実を見抜く科学的な証明力を欠き、結果として「無力」となるのです。
3. 「無力な鑑定」を断ち切るために
この構造的な問題を克服し、司法の信頼を回復するためには、従来の鑑定法への固執を止め、科学的根拠に基づく新しい手法への転換が不可欠です 。
- 客観性の保証: 「脳科学的筆跡鑑定法」は、恒常性を統計的な数値基準で定義し、鑑定人の主観を排除します 。
- 検証の要求: 裁判所は、鑑定人に対し、サンプル数の妥当性や判断の根拠を、統計学者や科学者が理解・検証できるレベルで公開し、説明することを義務付けるべきです 。
- 公開検証の実施: 「筆跡鑑定は無力ではない」という真実を証明するため、第三者機関の立ち会いのもと、鑑定手法の真のエラー率と再現性を明らかにする公開検証の実施が強く提唱されています 。
真実が正しく評価される社会の実現に向け、従来の「経験と勘」に頼る時代は終わりを告げ、脳科学という普遍的な原理に基づいた鑑定が、公正な司法の根幹を支えることが求められています。


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