筆跡鑑定は「どの文字を手本にするかで結果が変わるのでは?」と、その客観性を常に問われてきました 。従来の鑑定が「見た目の形」に固執していたため、手本選びが鑑定人の主観に左右されるという懸念はもっともです 。
しかし、脳科学的筆跡鑑定法(BSHAM)は、この論争に終止符を打ちます。私たちは640名もの大規模な筆跡サンプルを用いた検証を実施し、当研究所が採用する『三体筆順字典』を鑑定基準とすることに全く問題がないことを科学的に証明しました。
なぜ、この字典を使っても鑑定結果が揺るがないのか? その背景にある「脳科学」と「統計的防御線」の真実を解説します。
1. BSHAMの核心:焦点は「形」から「脳の運動」へ
BSHAMは、筆跡の真偽を判断する焦点を「手」から「脳の運動プログラム」へと完全に移行させた、新しい科学的体系です 。
恒常性は普遍的な科学的法則である
文字を書く行為は、自転車の乗り方などと同じ、「手続き記憶」という無意識の運動プログラムに由来します 。このプログラムは、意識的な努力では変えられない「恒常的な癖」を生み出します 。
- 普遍性の証明: 640名の検証では、サンプルの全員の筆跡に恒常性のある筆跡個性が出現していることが確認されました 。これは、恒常性が特定の規範に依存するものではなく、人類の書字行為に普遍的に内在する科学的法則であることを示しています 。
「手本」の役割は「比較の起点(ゼロ地点)」
BSHAMにおいて「手本」は、鑑定の結論を左右する基準ではありません。その役割は、個人の恒常的な癖が、標準的な規範からどれだけ逸脱しているかを客観的に測る「比較の起点」です
| 概念 | BSHAMにおける定義と検証された役割 | 鑑定への影響 |
| 手本(字典) | 「比較の起点」(ゼロ地点)として機能する。 | どの規範(手本)を選んでも、筆者のコアな癖の有無は変わらない。 |
| 筆跡個性(恒常性) | 手本から一貫して(75%以上の頻度で)逸脱して出現する、その人固有の無意識の運動の癖 | 客観的な数値基準により、鑑定人の主観を排除し、真の証拠力を担保する |
2. 科学的基準:手書きの法則性が最優先
「どの手本を使うか」という疑問に対し、BSHAMの答えは、「手書きの運動法則を反映しているか」という科学的な基準にあります。
| 基準 | 採用の可否 | 科学的理由 |
| 教科書体 | 可 | 実際の手書きの運筆や筆順の法則性に則っており、脳の運動プログラムの出力を測る「比較の起点」として適切である。 |
| 明朝体・ゴシック体 | 不可 | 文字のバランスやデザインを第一に考えた書体であり、手書きの自然な運動法則(運筆の軌跡)を人工的に歪めているため、比較の起点として不適切である。 |
『三体筆順字典*は、この手書きの法則性を反映した規範であるため、脳の運動プログラムの分析を阻害しない「ゼロ地点」として、640名分のデータ検証で妥当性が確認されました。
3. 信頼性の担保:数値的保証による二重の防御線
手本が何であれ、鑑定の結論を「鑑定人の主観」ではなく「科学的事実」として確立するため、BSHAMは統計学的な防御線を張ります 。
① 異筆証明(別人/偽造):恒常性の崩れの定量化
異筆証明は、「問題の筆跡が、本人の運動プログラムから生まれたものではない」ことを追究します 17。
- 論理: 偽造者が筆跡を模倣しようと意識的なコントロールを試みると、無意識の運動プログラム(手続き記憶)が阻害され、本来安定しているはずの恒常性が崩れます 。
- 数学的保証: この「恒常性の崩れ」が偶然ではありえない水準で生じたことを、二項分布という統計ロジックで証明します 。これにより、鑑定結果が偽造者の巧拙に左右されません 。
② 同筆証明(真筆):偶然の一致の数学的否定
同筆証明は、「筆跡の一致が、単なる偶然や模倣によるものではない」ことを数学的に保証します 21。
- 論理: 恒常性のある特徴のうち、一般集団で極めて珍しい「希少性」の高い特徴に焦点を当てます 。
- 数学的保証: データベースのデータが不完全な場合でも、個々の特徴の偶然の確率を極めて保守的(最悪)に設定し、複数の特徴が一致する確率を積の法則(乗法定理)で統合します 。
- 結論: これにより、鑑定結論の総合信頼度は最大 99.9999% を超える水準に達することが、数学的に保証されます 。
BSHAMは、「恒常性の定量化」と「積の法則による数学的保証」によって、筆跡鑑定を「職人芸」から「科学的証拠」へと引き上げました。手本選びに主観の余地がないことは、この揺るぎない科学的体系の、ほんの一角に過ぎません。


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