検証の記録― なぜ「退けられない」と言えるのか
BSHAM®は「そう見える」で終わらせず、方法が拠って立つ前提を一つずつ実データで検証しています。ここではその記録を、すべて母数(何件中)をつけて公開します。断定のためではなく、第三者が数えて確かめられるようにするためです。
※鑑定結果の正しさを後から答え合わせする手段は、そもそも存在しません。筆跡の真偽を知るのは、それを書いた本人だけだからです。ここで検証しているのは鑑定結果の正しさではなく、方法が拠って立つ前提です。数値はいずれも現時点の記録で、事例の追加に応じて更新します。誇張を避けるため、母数の小さいものはその旨を明記しています。
方法を支える三つの土台を、実データで確かめる
筆跡で人を見分けられるのは、①どの書き手にも反復する筆跡個性があり、②その現れる位置が人ごとに違い、③手の震え(揺らぎ)があってもその下の筆跡個性は保たれる――この三つが成り立つからです。いずれも、実際の鑑定資料から数えて確かめています。
※以下の数はすべて書き手(人)の数です。鑑定書の件数ではありません。同じ書き手について複数の鑑定書がある場合は、一人として数えています。
① 反復する筆跡個性は、どの書き手にも見出される
分析対象の91名すべて(91/91)で、反復する筆跡個性を特定できました。ゼロの書き手はいません。うち、より強い反復まで確認できたのは73名(73/91)です。「十分な字数があれば、どの書き手にも筆跡個性は見出せる」という前提の裏づけです。
② 反復する「位置」は、人ごとに違う
同じ文字でも、癖の出る位置は書き手ごとに異なります。画数の多い字ほど固有性が高く、たとえば「村」は10名中10通り、「田」は17名中13通り、「成」は12名中9通りが、それぞれ固有の組み合わせでした。同じ画であっても、二人の書ける範囲が交わらず区別できる例も確認しています。位置が人ごとに違うからこそ、反復は筆者を指し示す手がかりになります。
③ 揺らぎがあっても、筆跡個性は保たれる(ずれは少数箇所に限局する)
同一人の資料どうしを突き合わせた記録(72名・1,048箇所)では、反復する筆跡個性は資料をまたいで保たれ、食い違いは資料全体に広がるのではなくごく少数の箇所に限局していました。だから、古い資料の一部が違って見えても、それは別人であることを意味しません。残る多数の箇所が同じ運動の反復を示している以上、「その箇所だけのずれ」と読むのが筋です。手の震えや加齢を理由に「別人だ」とする主張への、実データに基づく反証になります。
※この項では一致の「率」を示していません。突き合わせる箇所は、もともと対照資料側で反復していることを理由に選ばれています。そこから率を計算すれば、選び方が数字を押し上げてしまうからです。率ではなく「ずれが少数箇所に限局する」という分布の形が、ここで示せることです。
※この1,048箇所は、記録の中から次の二つを両方とも満たす箇所を、すべて拾ったものです。①その箇所が、対照資料のうち二つ以上の資料に現れていること(n≧2) ②その箇所が何回反復したかが、鑑定書に書かれていること(mの記載があること)。数えている量が別のもの(他人との珍しさを見た記録=K088・K091の2件)は入れていません。書き手の数は72名です。抽出の条件を書いておくのは、第三者が同じ条件で数え直せるようにするためです。
③-2 震えのある資料でも、筆跡個性は認定できている
③には、当然の疑問が伴います。「震えのある資料が実際にどれだけ含まれていたのか。震えのない資料どうしの比較が大半なら、震えても保たれることの裏づけにはならないのではないか」――そこで、震えのある書き手だけを切り出しました。
切り出す基準は、鑑定書に「震え」「振戦」と記載があるかどうかです。あとから見て震えていそうかを判断すると、そこに解釈が入ります。当時の鑑定書に書かれている語だけを基準にすれば、第三者が同じ条件で数え直せます。該当したのは15名でした。
※語のあった鑑定書は16件です(K005 K018 K022 K024 K029 K030 K031 K054 K057 K059 K060 K064 K068 K082 K083 K095)。このうちK024とK030は同じ書き手についての鑑定書ですので、人の数では15名になります。また、K060と同じ書き手であるK001は、その鑑定書に語がありませんが、同じ人ですのでこちらの群に入れています。残る57名が「記載なし」の群です(15+57=72)。
まず、最も基本的な事実です。この15名すべて(15/15)で、反復する筆跡個性が認定されていました。その箇所数は合計226。震えのために筆跡個性が特定できなかった書き手は、一人もいません。ここに挙げた1,048箇所は、いずれも「反復していると認定された箇所」ですから、震えのある資料からも同じように反復が拾えていた、ということです。手が震えることは、その下で働いている運動の反復を消してしまいはしません。
次に、その226箇所が資料をまたいで保たれていたかどうかです。ずれのあった箇所は32(14.2%)。震えの記載がない57名(822箇所)では168(20.4%)でした。震えのある群のほうがむしろ低いという結果です。少なくとも、震えのある資料で反復の構造が壊れるという傾向は、この記録の中には現れていません。
もう一つ、境界のほうも見ています。同じ書き手一名について、震えが進む前後に書かれた署名が六通ありました。文字として読める間は、六箇所の癖がそのまま出ています。読み取れないほど乱れた段階になると、出なくなります。つまり「震えても必ず保たれる」という話ではありません。どこまでなら見られるのかの線が、実際に引けるということです。なお、読み取れない段階の資料は、そもそも鑑定の対象にしていません。
※この分け方には取りこぼしがあります。実際には震えがあったのに、鑑定書がその語を用いていない書き手は「記載なし」の側に入ります。ただしその取りこぼしは、二つの群の差を小さくする方向にしか働きません(震えのある資料が比較相手の群に混ざるため)。当研究所に有利に働く誤差ではない、ということです。また「衰え」等の記載にとどまる書き手が1名あり、これは上記の15名に含めていません。
※割合そのものを精度として主張するつもりはありません(上記のとおり、箇所の選び方が率を押し上げるためです)。しかし二つの群は同じ条件で選ばれているため、群どうしの比較には意味があります。申し上げているのは「震えのある群だけが特別に崩れることはなかった」という一点です。
比較の土台そのものも、監査している
比較の基準に用いる対照資料――「本人の筆跡」として提出される資料――に、別の書き手の筆跡が混じっていないかも、すべての事案で調べています。実務では、混入は例外的な事故ではありません。当事者は形の印象で資料を選ぶため、似ていれば本人のものとして提出されるからです。
ここでは、あえて割合を示しません。ある資料が本当に本人のものかを最終的に知り得るのは本人だけである以上、混入率を正確な数値として主張することはできないからです。申し上げられるのは、質的な事実です――混入は珍しい出来事ではなく、対照資料を監査せずに比較を始めれば、汚れた基準の上に精密な分析を積むことになります。
なお、混入した筆跡は本人の字に形が似ているからこそ紛れ込みます。したがって、形の類似を判断の基盤とする方法は、混入をまさに検出できない条件でしか混入に出会えません(対照資料監査の解説)。
「自分の答えを自分で採点しただけ」にしないために
方法の正しさは、自分の結論を並べ直すだけでは示せません。そこで、来歴や公開によって独立に本物と確定している同一人の筆跡を用い、方法が誤って「別人」と判定しないか(偽の相違をでっち上げないか)を確かめています。判断の外に正解があるので、この検証は循環しません。
現時点で、独立に本物と確定した同一人の筆跡での検証は2件中2件で、方法は正しく「同一人」と捉えました(いずれも別人の癖=排他的交差反復性は現れませんでした)。
※これはまだ出発点の2件です。「率」と呼べる規模ではなく、事例を積み増している段階であることを正直に申し添えます。なお「違う人をどれだけ細かく見分けられるか(感度)」は、その難しさが筆跡の似方だけで決まり統制できないため、この分野では誰も率として測れません。BSHAM®はこれを「測れない」と認めた上で、測りうる特異度(同一人を誤らないこと)と、判断過程の検証可能性で組み立てています。その特異度も、現時点ではまだ数値と呼べる規模に達していません。
先に、限界のほうを言います
隠された弱点は攻撃になりますが、自分から開示した限界は強さになります。以下は、この検証にかかる限界です。
- 本検証の対象は、当研究所の鑑定書から順に転記した100件です。100件というのは鑑定書の数で、そこから転記した特徴の記録は2,440件あります。書き手の数にすると91名です。このページの③で突き合わせに用いた1,048箇所は、その2,440件の中から条件を満たすものを取り出したものです。対象から外したのは、(1)画像が不鮮明で判別できない事案、(2)判定の手がかりが現れず結論に至らない事案であり、結果の良し悪しで選んだものではありません。
※100件のうち4件は、二組に分かれる同じ書き手についての鑑定書でした(一組は同一事案の別版です)。二重に数えないよう、それぞれ一人としてまとめています。だから鑑定書100件に対し、書き手は91名になります。
※この100件は、当サイトの他のページでふれている「約100件の受任辞退」とは別のものです。辞退は、比較の土台となる共通の単位(橋)が架からずお断りした件数で、その大半は署名のみのご依頼です。 - 当研究所の鑑定書には、遺言書・契約書などの偽造が疑われる事案で、それを書いた人物を特定する鑑定について、調査の難易度が高く、そもそも鑑定に至らない事案が8割を超えると記したものがあります。「本人が書いたかどうか」の判断と、「代わりに書いた人物を特定する」こととは、難しさが大きく異なります。後者は、候補となる人物が誰なのか分からない、あるいはその方の筆跡資料が得られないことが多いためです(疑われている人物が絞られ、その筆跡資料が得られる怪文書・誹謗中傷文書の鑑定は、これに当たりません)。本検証が見ているのは前者です。
※この「8割」は、実務上それだけ多くが成立しないという規模感を述べたものであり、件数を数えて算出した集計値ではありません。このページの他の数値とは性格が異なりますので、その旨を明記しておきます。 - 独立に本物と確定した資料による外部検証は、まだ2件です。「率」と呼べる規模ではなく、事例を積み増している段階です。
- 反復性の強さは、書き手によって差があります。字を書き慣れていない書き手ほど反復は弱く現れます。したがって「どの書き手にも見出される」という①の結果は、見出しやすさまで一様であることを意味しません。実際、見つかった箇所の数は書き手によって4箇所から67箇所まで開きがあります。
- 成り立つのは「書き手の水準」であって、「どの文字にも必ず癖が出る」ではありません。画数の少ない単純な文字では、癖が現れないことがあります。だから当研究所は、材料が足りない事案について判定不能を正規の結論として持っています。
- ③-2の「震えあり/なし」の分け方には、限界があります。鑑定書に「震え」「振戦」と書かれているかどうかで機械的に分けているため、実際には震えがあったのに語が使われていない書き手は「記載なし」の側に入ります。この取りこぼしは、二つの群の差を小さくする方向にしか働きません。
- 震えの境界を示した図2は、一名の資料六通による記録です。どこまで震えれば癖が出なくなるのかを、多くの書き手で確かめた段階には至っていません。
- 私たちはむしろ、指摘しきれていない強い手がかりを見落としている可能性が高いと考えています。つまり結論は、実在する証拠より控えめな側に立っています。
- 「違う人を見分ける精度(感度)」は、前述のとおり分野の性質上、率として測れません。過大な精度は主張しません。
→ そもそもこの分野に、鑑定人の腕前を測る仕組みが存在しないこと、そして米国では検証が公に求められた経緯については、コラム「筆跡鑑定には、腕前を測る試験がありません」に書いています。
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