田村鑑定調査 田村真樹氏の言う「他所の鑑定人や鑑定手法を軽々に誹謗したり卑下したりしています」について反論します

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「軽々に誹謗したり卑下したりしています」と書かれていますが,これはむしろ私に対する名誉棄損です。なぜなら,田村氏と異なりブログに書く際は「軽々に」ではなく,しっかりとした根拠を述べたうえで「伝統的筆跡鑑定法」や「計測的筆跡鑑定法」などの「筆跡形状から見た類似性」を追求する類似鑑定法では筆者識別は不可能であると述べています。当然,筆者識別ができない筆跡鑑定を採用している筆跡鑑定人は筆跡鑑定ができないという理屈が成り立ちます。

当職のホームページやブログにはこれらの根拠を沢山書いておりますが,再度「伝統的筆跡鑑定法」を取り上げ,なぜこの手法では筆跡鑑定ができないのかを2つのポイントから解説いたします。

1⃣ 昭和40年2月21日最高裁判決により,既に「伝統的筆跡鑑定法の証明力には自ら限界がある」と判断されています。判例は以下の通りです。

いわゆる伝統的筆跡鑑定法は,多分に鑑定人の経験と感(勘)にたよるところがあり,ことの性質上,その証明力には自ら限界があるにしても,そのことから直ちに,この鑑定方法が非科学的で,不合理であることはできないのであって,筆跡鑑定におけるこれまでの経験の集積とその経験によって裏付けられた判断は,鑑定人の単なる主観に過ぎないもの,と言えないことはもちろんである。

一方,この判例の後半では,伝統的筆跡鑑定法は勘と経験に頼ることを認めながら,当時の鑑定人の経験の集積と経験に裏付けられた判断は,単に主観とは言えないと判断しています。想像するに,当時は然るべき実績を積んだ警察捜査員が鑑定書を作成したことから,勘と経験は蔑ろには出来ないということでしょう。ところが,現代では多くの鑑定人はこの鑑定法のマニュアルに従って鑑定書を書いているのであり,(自ら研究した)筆跡鑑定の経験の集積やその裏付けすら疑問のある自称鑑定人がほとんどを占めています。つまり,後半部分は時代錯誤といえるのでは ないでしょうか。

2⃣ 伝統的筆跡鑑定法では筆者識別ができない具体的な理由

伝統的筆跡鑑定法には「指摘基準」がない他,「個人内変動」という概念が存在します。このような手法を採れば鑑定人の匙加減一つで「同一人」「別人」のどちらの鑑定結果にも自在に導くことが可能となります。それについて以下解説いたします。

⑴ 鑑定結果は指摘箇所から導かれる

筆跡鑑定において,忘れてはならないことは「鑑定結果は指摘箇所から導かれる」という指摘箇所の重要性です。鑑定書の有効性を正しく判断ができるのは「鑑定結果」ではなく,鑑定結果を導いた「指摘箇所」なのです。即ち,摘された箇所が「筆者識別に本当に有効であるのか」が何よりも重要なのです

⑵ 指摘基準がなければ「同一人」「別人」の鑑定結果は自在に導くことが可能

指摘箇所とは,鑑定資料と対照資料の筆跡を比較するための筆跡特徴や書き癖を指します。一画一画の形状や角度,長さ,撥ねの有無や強弱などの筆跡の特徴や傾向のことです。例えば,下図の「藤」の文字では→を付けた箇所は全て指摘箇所とすることができます。この文字のように画数の多い文字では指摘可能な箇所は優に50を超えます。

例えば,「藤」の筆跡が鑑定資料と対照資料にあった場合,筆跡鑑定人は指摘可能な50箇所以上の内,およそ2~10箇所程度を指摘箇所とし両資料の異動判断を行うというのが一般的な手法です。指摘可能な50を超える箇所には一致,または類似する箇所と相違する箇所は各々多数が存在しています。「50箇所以上の指摘可能な箇所から,どのような基準を設けてその箇所を選定したのか」という選定条件すらなく,鑑定人の自由な裁量によってその箇所を選定したとすれば,端から筆跡鑑定の信用性はないことになります(下図参照)。

⑶ 筆跡鑑定を不可能としている「個人内変動」という概念

筆跡は人が書くものであるからスタンプのようにピタリと一致することはありません。筆跡には必ず「ブレ」が生じこれを個人内変動と呼びますが,別人の筆跡であっても「ブレ」と区別できない相違があります。この相違が「個人内変動」であるのか,別人の筆跡であるが故の相違かを判断できる術は残念ながらありません。「個人内変動を分析」して識別すると謳っている鑑定書が散見されますが,その具体的手法が明記されている鑑定書を見たことはありません。下図は,実際の鑑定で取り上げた「私」字の筆跡ですが,aの突出の長さとbの角度の違いを「個人内変動」とすれば「同一人」,「長さや角度が相違」とすれば「別人」となり,鑑定人の匙加減でどちらの鑑定結果にも導くことが可能となるのです。即ち,筆跡鑑定に「個人内変動」という概念に意味はなく,むしろ正しい鑑定を阻害するものなのです。因みに,下図は別人の筆跡ですが,この相違を「個人内変動」と言えば同筆となるというあり得ない手法なのです。

⑷ 安易に「一致,類似」箇所を指摘してはならない

① 指摘箇所は先に「相違箇所」を調査する

偽造筆跡であれば,真似て書かれてる確率が高いことは言うまでもありません。特徴に「一致」が見られても「模倣された故の一致」であるのか,「本人筆跡であるが故の一致」なのかを判断する術はありません。したがって,先に「相違箇所」を観察する手順を踏むという理屈が成り立ちます。

②  「一致」する箇所を指摘する問題点・・・ブランド品の鑑定を例として解説

上図❶は,本物と偽物の「ブランド品の財布」の写真を掲載したものです。この財布を,「寸法」「色」「デザイン」という分かり易い特徴を比較すると全てが一致(類似)してしまいます。当然ですが,偽造者は偽造と暴かれないように似せて作成するからです。即ち,一致(類似)する特徴が「本物であるが故の一致(類似)」なのか「模倣された故の一致(類似)」なのかはわかりません。筆跡も同様に,偽造者は目立つ箇所は高い確率で似せて書くものであり「本人であるが故の一致(類似)」なのか「似せて書かれた故の一致」であるかは分かる術はないのです。まずは相違箇所を調査し,(真筆であれば)相違箇所はないか少なくなるので,その後一致箇所を指摘します。その際は「拡大し指摘して初めて気が付くような箇所であり,且つ希少性のある特徴の一致」を調査します。また希少性の証明には筆跡データベースが必要となりますので,これを所有していない鑑定人は筆跡鑑定ができないということになります。

⑸ その他の筆者識別ができない理由

① 画線の長さや角度を調査する場合

選択された対照資料(B1,B2,B3,B4 ,B5)に現れている筆跡特徴から,その特徴の変動幅の範囲を見出し,鑑定資料Aの同一箇所がその範囲(長さや角度)に収まっているかを調査する手法。 (具体例:鑑定資料Aの第1画の長さは対照資料のB4の短い長さと類似するなど)

② 形状の類似性を調査する場合

選択された対照資料(B1,B2,B3,B4,B5 )に現れている起筆部や終筆部の形状,またはその他の形状と類似性を調査する手法。この場合,選択された鑑定資料Aの筆跡特徴の形状が,対照資料のB1,B2,B3,B4 ,B5の中のいずれかの特徴に類似性が見られれば同筆要素となります。(具体例:鑑定資料Aの第2画の終筆部がたまたま標準とは逆方向に運筆された対照資料のB5と類似するなど)

上述(①②)のように,鑑定資料の特徴が,対照資料の内のいずれかに一致または類似が見られれば同筆要素であるという科学的根拠はありません。対照資料が数多くあれば,その中には「たまたま一致したものや類似したもの」が出てくるなど,対照資料の数の多さによって鑑定結果が異なる馬鹿げた鑑定法です。

したがって,伝統的筆跡鑑定法では間違いなく筆者識別はできません。できるというのであれば「公開試験」に参加されそれを証明してください。

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