知ったかぶりの鑑定人‥❺記載時期の乖離は10年以内という嘘

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1. 筆跡の経年変化

書字は手続き記憶に大きく関連し,この記憶は長期記憶に分類される。この記憶を変えるには,新たな運動の繰り返しによる上書きが必要となる。例えば,文字を書く機会の多いビジネスマンは筆跡が変化する可能性があるが,書字行動が少なくなる高齢期では筆跡の変化は非常に考えにくい。また,署名は書く機会が多いため長期で考えれば筆跡の変化は起こりやすいが,出現頻度の少ない文字は繰り返しの運動動作が少ないため筆跡の変化は起こりにくい。

その他の筆跡の変化は,身体的な衰えや視力障碍,リウマチなどの関節や神経障害,パーキンソン病による手の震えなどから生じる筆跡の乱れである。このような疾病による乱れの強い筆跡であっても解読可能な程度の筆跡であれば多くの場合に書き癖が出現することを確認している。

これまで,正しい鑑定を行うには鑑定資料の記載日から5年以内や10年以内というデータもエビデンスもない通説が蔓延っているが,書字は長期記憶であるため筆跡は変化しにくく記載時期に20~30年程度の乖離があっても鑑定が可能なケースは少なくない。例えば,数十年間自転車に乗らなくとも,すぐに自転車に乗れるのは長期記憶によって強く固定化されているからである。残念ながら,条件反射のように「筆跡鑑定ができる筆跡の乖離は10年」となんのエビデンスもない通説を得意げに語っている鑑定人が多いことにうんざりしているのだ。20年程度の乖離で鑑定ができないのは,記載時期の問題ではなくその鑑定人の腕が悪いのである。

2. その他の筆跡の変化

筆跡の変化で経年変化よりも重要となるのは書体の相違である。同一文書内においても楷書と行書が混在されているケースは多い。注意しなければならないのが,走り書きや殴り書きの筆跡である。これらの筆跡は通常速の書字と比べ筆跡の変化は大きく,画を省略して書く場合や画同士が連続して書かれることもある。当職はこれらの筆跡と,楷書や行書と比較対象とすることは稀である。一方,読解が可能な乱れた筆跡であっても,書き癖を特定出来れば異同判断は可能である。書き癖は書体に相違が見られても変化しにくいことから,多少の書体の相違があっても本人筆跡から恒常的に出現している書き癖を特定し精密に調査することが重要となる。

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