なぜ裁判で「怪しい筆跡」なのに筆跡鑑定が行われないのか?

ブログ

「この筆跡、どう見てもおかしい!」そう思っても、裁判で筆跡鑑定が行われないケースがあるのをご存知でしょうか?今回はその理由を分かりやすく深掘りしていきます。

裁判所が筆跡鑑定を避ける背景

まず、大前提として知っておいていただきたいのは、裁判所が筆跡鑑定に対して非常に慎重な姿勢を取っている、という事実です。これは決して筆跡鑑定そのものを否定しているわけではありませんが、その運用の難しさから、できる限り他の証拠で事実認定を行いたいと考えている傾向があるためです。

いくつかの理由が複合的に絡み合っていますが、主なポイントは以下の通りです。

1. 鑑定人の知識・経験の偏り

残念ながら筆跡鑑定の世界には「知ったかぶりの輩」が少なくありません。十分な科学的根拠に基づかない、あるいは特定の流派に偏った知識で鑑定を行う者もいるため、裁判所としてはその鑑定結果の信用性をどこまで担保できるかという点で疑問符が付くことがあります。

「筆跡には癖がある」といった一般論は誰でも知っていますが、それを科学的に、客観的に分析し、結論を導き出すには高度な専門性と経験が必要です。しかし、そうした真の専門家を見極めるのが難しいのが現状です。

2. 鑑定手法の客観性と統一性の欠如

現在、筆跡鑑定には公的に確立された統一的な鑑定基準や手法が存在しません。鑑定人によって用いる分析方法や着眼点が異なるため、同じ筆跡を鑑定しても異なる結論が出る、ということも起こりえます。

裁判所は、客観的で再現性のある証拠を重視します。しかし、鑑定人によってブレが生じる可能性のある筆跡鑑定は、その点で信頼性を得にくいと判断されがちなのです。例えば、DNA鑑定のように明確な科学的根拠と統一された手法があるものとは異なり、裁判所側もその結果をどう評価して良いのか迷ってしまうことがあります。

3. 鑑定結果の解釈の難しさ

筆跡鑑定の結果は、「同一人物の筆跡である可能性が高い」「別人である可能性が高い」といった「可能性」で示されることが多く、明確な「YES/NO」が出にくいという特徴があります。これは筆跡の性質上避けられないことではありますが、裁判官が事実認定を行う上で、この「可能性」をどのように判断材料とするか、という点で非常に難しい問題となります。

「どちらの可能性も捨てきれない」という結果では、裁判官としては判断を下しにくいのです。

4. 費用と時間の問題

筆跡鑑定には、それなりの費用と時間がかかります。裁判所としては、限られた資源の中で効率的に裁判を進める必要があります。もし他の証拠で十分に事実が認定できると判断される場合、あえて費用と時間をかけて筆跡鑑定を行う必要はない、と判断されることもあります。

では、どうすればいいのか?

「筆跡が怪しいのに鑑定が行われない」という状況は、当事者からすれば非常にもどかしく感じるでしょう。しかし、上記のような背景があることを理解しておくことが重要です。

もしあなたが筆跡の真贋を争う必要に迫られた場合、以下の点を考慮してみてください。

  • 他の証拠の収集を徹底する: 筆跡鑑定以外の客観的な証拠(例えば、前後の状況、金銭の授受の記録、証言など)を集めることが、最も重要です。
  • 鑑定人の選定を慎重に行う: もし筆跡鑑定を依頼するならば、その鑑定人がどれほどの経験と実績を持ち、どのような科学的根拠に基づいて鑑定を行うのかを、事前にしっかりと確認しましょう。安易に「鑑定できます」という言葉を鵜呑みにしないことが大切です。
  • 鑑定の必要性を具体的に訴える: 裁判所に筆跡鑑定の必要性を訴える際は、単に「筆跡が怪しい」だけでなく、「なぜその鑑定が必要なのか」「他の証拠では不十分である理由」などを具体的に説明することが重要です。

筆跡鑑定は、特定の状況下では非常に強力な証拠となりえます。しかし、その限界と裁判所の考え方を理解した上で、適切に対応していくことが、裁判を有利に進めるための鍵となるでしょう。

コメント