筆跡鑑定人 二瓶淳一の「絶望」から生まれた「脳科学的筆跡鑑定法」

未分類

今回は、私が長年取り組んできた筆跡鑑定の世界に、ある革命をもたらすことになった、意外な発見についてお話ししたいと思います。

私が筆跡鑑定人として駆け出しの頃、ある不思議な現象に気づきました。それは、人の筆跡には、どんな状況でも必ず現れる「恒常的に出現する傾向」があるということです。その特徴は筆跡全体の半分ほどを占めており、なぜそうなるのか当時は全く分かりませんでした。それでも、この不変の現象が誰の筆跡にも見られることから、私は筆跡鑑定に強い自信を持つことができました 。

しかし、鑑定書を裁判所に提出するようになってから、私はある「絶望」に直面しました。

裁判所を納得させるために見つけた「真理」

どれほど自信を持って鑑定しても、裁判所を心から納得させるには、この「恒常性の傾向」が生まれる根本的な理由を解明する必要がある 。そう考えた私は、その答えを求めて徹底的に調べ上げました。

長年の調査の末、たどり着いたのが「手続き記憶」という脳の機能でした 。

当時、自転車の乗り方や楽器の演奏といった運動動作が手続き記憶に関わる事例は多く知られていました 。しかし、文字を書くことが手続き記憶に関与しているという学術的な記述は、どこを探しても見つからず、私は途方に暮れました 。それでも諦めずに調査を続けた結果、ようやくその確かな記述を見つけることができたのです

「書くこと(書字)は手続き記憶である」という画期的な発見 。私はこの理論を鑑定書に記載しましたが、司法や相手方の鑑定人からは「書字行為がどの程度手続き記憶に依拠しているのか不明である」と反論されました 。

「不信の連鎖」を断ち切るために

この反論に対し、私は書字が「運動プログラム」として脳に刻まれる手続き記憶であり、その恒常性と無意識性こそが鑑定の信頼性を担保すると再反論しました 。

しかし、それでも司法の疑念は晴れませんでした。

その根底には、半世紀以上前の「伝統的鑑定法」に対する不信感や、公的な資格制度がないため鑑定人の実力が玉石混交であるという業界の悲劇がありました 。また、「数値解析」などの「見せかけの科学」が氾濫し、真実を覆い隠していたことも、不信感を増幅させる一因となっていたのです

「偽造された遺言書によって相続争いが泥沼化する」といった悲劇が後を絶たない現状に、私は我慢の限界を超えました

脳科学が示す「真の解決策」

この不条理な現状を打ち破るため、私は「脳科学的筆跡鑑定法」という真の解決策を提示するに至りました

この鑑定法は、「書いた文字は、書き手自身の脳と身体の動きの痕跡である」という大前提に基づいています 。真の筆跡は脳に刻まれた「手続き記憶」という無意識の運動プログラムの痕跡であるため、偽造者がどれほど巧妙に模倣しても、この無意識の「運動の癖」まで完全に再現することは不可能です。

偽造筆跡には、手本を意識的に模倣しようとする筆記と、集中力が途切れた際に表出してしまう自然な筆跡(無意識的な手続き記憶)との矛盾が生じます 。この不自然さを明確に看破できるのが、この脳科学的鑑定法なのです 。

依頼者が「見せかけの科学」に騙されることなく、真に信頼できる鑑定人を選べるようになること。そして、筆跡鑑定がDNA鑑定に匹敵する、あるいはそれ以上の証明力を持ち得ることを示し、司法の誤解を根本から覆すこと。それが私の最終的な目標です.

私は脳科学者ではありません 。ただ、「なぜ筆跡に不変の特徴が現れるのか」という純粋な疑問から、この真理にたどり着きました 。この悲劇的な現実を座して見ているわけにはいきません。私はこれからも、この「偽造がまかり通る社会」を是正するために闘い続けます

コメント