「10年以上前の筆跡は鑑定できない」
こんな話を聞いたことはありませんか?重要書類の偽造が疑われる際、よく耳にする「筆跡鑑定のタイムリミット」です。しかし、実はこの「10年ルール」は科学的な根拠に乏しく、鑑定人の“経験則”に過ぎません。
この記事では、多くの専門家が語らない筆跡の真実を、わかりやすく解説します。
筆跡は「体に染み付いた記憶」
私たちの脳は、文字を書くという動作を「手続き記憶」として記憶します。これは、一度覚えたらなかなか忘れない「体の記憶」。自転車の乗り方や、楽器の演奏と同じです。
この記憶のおかげで、私たちは久しぶりに文字を書いても、昔と変わらない筆跡で書くことができるのです。これが、「筆跡鑑定に時間的な限界はない」と言える最大の理由です。
では、なぜ「10年」と言われるのか?
手続き記憶が安定しているなら、なぜ「10年」という目安があるのでしょうか?それは、筆跡の「核」は変わらなくても、筆跡を表現する「癖」は変化するからです。
これは、書く人の「頻度」や「生活習慣」に大きく左右されます。
頻繁に書く人の筆跡は「進化」する
毎日、何十通も署名をするビジネスマンを想像してください。最初は不揃いだった署名も、繰り返すうちに、より素早く、バランスの取れた形に変わっていくことがあります。これは、無意識のうちに「より効率的な書き方」を体が学習しているためです。
この場合、筆跡は固定されるどころか、書くたびに「上書き」され、変化していきます。
めったに書かない人の筆跡は「固定」される
一方で、定年退職後、手紙や書類を書く機会がほとんどなくなった高齢者のお父さん。久しぶりに書く文字は、昔に比べて線が震えたり、やや大きくなったりすることはあっても、文字の骨格(とめ、はね、はらい)は昔のままです。
この場合、新しい運動学習の機会がないため、筆跡は昔の姿を色濃く残し、安定した状態を保ちます。
本当のタイムリミットは「筆者の生活」
結論として、筆跡鑑定の本当のタイムリミットは、単純な「10年」という時間軸ではありません。それは、筆記頻度や生活習慣の変化にあると言えます。
真に優れた鑑定人とは、単なる目安に頼るのではなく、依頼人の生活スタイルや職業まで考慮に入れた上で、最適な比較資料を選び、筆跡の本質を見抜くことができる専門家なのです。
このブログ記事が、あなたの筆跡鑑定に対する見方を少しでも変えるきっかけになれば嬉しいです。


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