脳科学が解き明かす、筆跡が「ウソ」をつけない理由

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「筆跡鑑定」と聞くと、鑑定士が文字の形を細かく比較する姿を想像するかもしれません。しかし、従来の鑑定法には限界がありました。それは、「筆跡は時と場合によって変化する」という反論です。私たちは、この壁を乗り越えるため、脳科学、特に「手続き記憶」という人間の脳の働きに着目した鑑定法を提唱しています。


事例で見る、従来の鑑定法の限界

ある遺産相続の裁判で、故人が書いたとされる遺言書の真偽が争われました。

鑑定の焦点は、故人が普段使っていた旧字体と、遺言書に書かれた新字体との違いでした。

  • 故人の普段の筆跡:「萬」(まん)や「圓」(えん)といった旧字体を使っていた。
  • 遺言書の筆跡:「万」や「円」といった新字体を使っていた。

従来の鑑定人は、この字体の違いを「強い異筆要素」として指摘しました。しかし、相手側の弁護士は、「故人も時代に合わせて新しい字を使うようになったのかもしれない」と反論。裁判官は、この反論を受け入れ、字体の違いだけでは決定的な証拠とはなりませんでした。

この事例が示すように、従来の鑑定法は、筆跡の「変化」を巧みに利用した反論に、科学的な根拠をもって対抗することが困難でした。


なぜ、筆跡は無意識の「癖」を隠せないのか

なぜ、脳科学的筆跡鑑定法は、この「変化する」という反論を覆せるのでしょうか。鍵となるのが、脳の「手続き記憶」です。

手続き記憶とは、繰り返し行うことで無意識のうちに体が覚えてしまう、一連の動作や技術のことです。例えば、自転車に乗る、楽器を演奏する、そして文字を書くといった技能がこれにあたります。

文字を書くという行為は、幼い頃から何万回も繰り返すうちに、脳の奥深くに「自動化された運動プログラム」として記憶されます。皆さんが自分の名前を書くとき、一画一画を意識することなく、手が自然と動くのはこのためです。このプログラムは非常に強固で、多少の状況の変化(急いでいる、疲れているなど)では、その根本的なパターンは変わりません。

先ほどの事例に戻ると、長年「萬」や「圓」を書いてきた人の脳には、その字を書くための特定の運動プログラムが形成されています。仮に本人が意識して新字体を使おうとしても、無意識の運動の癖(筆圧の強弱、筆運びの角度、特定の字画の省略など)は、旧字体を書く際のパターンに強く影響されます。

この「無意識の運動パターン」の違いこそ、脳科学的筆跡鑑定法が着目するポイントです。たとえ見た目の字体が違っていても、その根底にある運動の癖が一致しない場合、それは「同じ人物の脳から出力された筆跡ではない」と、より科学的に証明できます。


説得力のある鑑定がもたらす未来

脳科学の視点から見ると、筆跡は単なる「文字の形」ではありません。それは、その人が長年にわたって培ってきた、固有の運動プログラムの痕跡なのです。

これにより、字体の違いだけでなく、筆順の違いや、特定の字を頻繁に誤って書く癖なども、「偶然の変化」ではなく「脳に刻まれた固定的な特徴」として捉えることが可能になります。

「筆跡は時と場合によって変わる」という反論は、脳科学の知見を応用した鑑定法の前では、もはや説得力を持たないのです。私の鑑定法は、筆跡が持つ本質的な情報を引き出し、より客観的で揺るぎない証拠を提供します。

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