脳科学が拓く、新しい筆跡鑑定

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こうした旧来の鑑定法が持つ限界を乗り越えるために、今、新しいアプローチが注目されています。それは、脳科学を活用した筆跡鑑定法です。

私たちの「書く」という行為は、単に手を動かす動作ではありません。脳の手続き記憶という長期記憶に深く根ざした、非常に複雑なプロセスなのです。手続き記憶とは、自転車の乗り方やピアノの弾き方のように、一度習得すると無意識に行えるようになる記憶のことです。

この脳科学的鑑定法では、文字の形そのものだけでなく、以下のような「筆跡の個性」に注目します。

  • 筆跡の恒常性(一貫性)の乱れ:通常、人は同じ文字を書いても、無意識のうちに一定のパターンや癖が見られます。しかし、認知症や特定の疾患があると、そのパターンが崩れることがあります。
  • 脳の疲弊や集中力の低下:偽造筆跡に欠画や増画が起こる背景には、慣れない筆跡を模倣することによる脳の疲弊が関与している可能性があります。意図しない文字の省略や追加は、模倣という特殊な作業に伴う集中力の低下認知的な負荷のサインと捉えられます。

認知症と筆跡の関係を解明する

この新しい鑑定法は、特に認知症の方の筆跡鑑定に大きな可能性を秘めています。

旧来の鑑定法では、認知症によって文字が乱れると「筆跡が違う」と判断されがちでした。しかし、脳科学の視点から見ると、たとえ重度の認知症で文字が認識できないほど崩れていても、手続き記憶が完全に失われていない限り、その人特有の「筆跡の個性」は残っていると考えられます。

この研究が進めば、冒頭の事例のようなケースでも、文字の形ではなく、その背後にある脳の働きを読み解くことで、より正確な鑑定が可能になるでしょう。


日本の文化がもたらす可能性

この脳科学的筆跡鑑定は、漢字文化を持つ日本で特に発展する可能性を秘めています。

複雑な筆順を持つ漢字は、単純なアルファベットよりも、書き手の脳の癖や個性をより強く反映するからです。この研究がさらに進み、科学警察研究所などの公的機関に認められれば、日本の筆跡鑑定の信頼性は飛躍的に向上するはずです。

文字は、ただの記号ではありません。それは、その人の脳が紡ぎ出した、唯一無二の「心のサイン」です。脳科学がそのサインを解き明かすことで、私たちは未来の筆跡鑑定に、より大きな希望を見出すことができるのです。

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