遺言書や契約書など、筆跡を巡るトラブルは後を絶ちません。その際、数値解析法を採用している鑑定人がまず求めるのは「十分な数のサンプル」です。
しかし、「十分な数」とは一体何を指すのでしょうか?文字の数でしょうか?それとも、書類の枚数でしょうか?
今回は脳科学的筆勢鑑定法ではなく,科学的な筆跡鑑定と言われている数値解析法という鑑定法の視点から、その本当の意味を解き明かします。
2種類の筆跡と、それぞれの「数」
筆跡鑑定の目的は、その人の脳に無意識に刻まれた恒常的な「手の癖」を見つけ出すことです。この「手の癖」は、以下の2つの方法で現れます。
- 署名: 一気に書き上げる、短くも複雑な筆跡。
- 本文: 普段の文章を書く際に表れる、一つ一つの文字の書き方。
この2つは異なる筆跡ですが、どちらも共通して、「数の力」が必要です。なぜなら、その日の気分や体調、急いで書いたといった一時的な変動(ノイズ)は、筆跡に大きな影響を与えるからです。このノイズを排除し、真の癖を見抜くために、十分な数のサンプルが必要なのです。
数値解析法で署名鑑定の場合:なぜ10個では不十分なのか?
署名鑑定における「数」とは、「完全な署名の数」を意味します。
例えば、鑑定のために10個の署名サンプルが集まったとします。一見十分に見えるかもしれませんが、これらの署名がすべて、ある特別な状況下(例:緊張して急いでサインをした日)に書かれたものだった場合、その10個のデータは、その人の本来の筆跡の癖を正確に反映していない可能性があります。
たった10個のサンプルでは、たまたま生まれた偶然のパターンと、その人本来の恒常的な癖を区別することが難しく、誤った結論を導き出す危険性が非常に高くなります。
そのため、数値解析法を採用している鑑定人は最低でも20個以上の署名サンプルを求めることは必須となります。これにより、ノイズを打ち消し、信頼性の高い判断が可能になるのです。
数値解析法で本文鑑定の場合:探しているのは「共通文字」の数
一方、本文の鑑定における「数」とは、鑑定対象と筆跡サンプルの総文字数を指します。
例えば、鑑定したい遺言書と、生前の本人が書いた日記帳があるとします。遺言書には「相」や「続」といった文字が書かれていますが、日記帳のたった1ページだけでは、これらの文字が見つからないかもしれません。あるいは、たった1回しか出てこないかもしれません。
しかし、日記帳が何百文字も書かれたものであれば、その中から遺言書にも書かれている共通の文字(「相」や「続」など)を何回も探し出すことができます。こうして集めた多数の共通文字を比較することで、文字の書き方の癖(筆順、跳ね、バランスなど)を客観的に分析し、筆者が同一人物であるかどうかの結論を導き出すのです。
まとめ
筆跡鑑定で「数」が重要視されるのは、十分なデータ量を確保することで、一時的な変動(ノイズ)を排除し、比較のための共通点を豊富に見つけ出すためです。
もし筆跡鑑定を検討される際は、鑑定対象となる文書に加え、できる限り多くの関連文書を専門家に相談されることをお勧めします。


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