司法の場で通用する科学的証拠とは何か?
遺言や契約書をめぐる裁判で筆跡が争点になるとき、「筆跡鑑定書」は真実を解き明かす鍵だと信じられています。しかし、現在の多くの筆跡鑑定手法、特に伝統的鑑定法や数値解析法は、その根幹となるロジックに科学的・統計学的な深刻な矛盾を抱えています。
科学的証拠が司法の場で受け入れられるには、エラー率が特定され、客観的な検証に耐えられなければなりません。筆跡鑑定がその基準を満たしているのか、裁判所は今こそ真剣に考える必要があります。
筆跡鑑定の核が抱える「統計学的な破綻」
筆跡鑑定の目的は、「疑わしい筆跡」が「本人の通常の変動の範囲内」に収まるかを判断することです。この変動の幅を正確に特定できなければ、鑑定は科学的な意味を持ちません。
1. サンプル数不足による「変動幅」の誤認
統計学やAI研究によれば、筆跡の個人内変動(一人の人が書く際の筆跡の揺らぎ)の真の幅を正確に捉え、識別能力を担保するには、30個程度以上の比較資料が必要であると示されています。
【現在の実務の限界】 しかし、実際の裁判で提出される鑑定書のほとんどは、わずか5〜10個程度の資料で判断されています。
これは、「たった数日の行動」だけで「その人の生涯の行動パターン」を断定するようなものです。この少なすぎるサンプルに基づいて導かれた「変動の幅」は極めて狭く、個人の真の筆跡の特徴を捉え損なっています。
2. 偽造筆跡を見抜けず「同一」と誤認するリスク
変動の幅が不確実であることは、そのまま誤った結論(エラー)に直結します。
熟練した偽造者が、本人のわずか数個のサンプルに見られる特徴を忠実に再現した場合、鑑定人はその筆跡を「本人の狭い変動の範囲に収まっている」として、「同一人の筆跡である」と誤認しかねません。
つまり、鑑定の結論が偽造者の技量に左右されてしまうのです。エラー率が不明確で、偽造の巧妙さで結果が変わる手法は、客観性・再現性という法科学の最低基準を満たしていません。
ブラックボックスと化した「数値解析法」
「科学的」と称される数値解析法を用いた鑑定も、同様に批判を免れません。
3. 判断の根拠となる「閾値」が不透明
数値解析では、筆跡の類似度をスコア化しますが、「類似度が何点以上なら同一人と判断するのか」という判断の境界線(閾値)の設定根拠が、一般に公開されていません。
【問われるべき科学的説明責任】 鑑定人が依拠する数値の背後にある統計的妥当性や、その閾値で判断した場合の偽陽性(誤って「同一」とする)や偽陰性(誤って「別人」とする)のエラー率を明示できなければ、それは単なる「コンピューターを使った専門家の個人的見解」に過ぎません。
裁判所は、DNA鑑定が示すような透明性、検証可能性、特定されたエラー率の提示を、筆跡鑑定にも等しく要求すべきなのです。
司法の変革に向けた3つの提言と「模倣筆跡チャレンジ」
科学的に破綻した証拠が、誤った事実認定を引き起こし、司法の信頼を揺るがす現状を私たちは看過できません。公正な司法を実現するため、裁判所は筆跡鑑定の採用基準を根本的に変える必要があります。
提言 1:科学的アカウンタビリティの義務化
鑑定人に対し、サンプル数の妥当性や数値解析の閾値の設定根拠について、統計学者や科学者が理解・検証できるレベルで公開し、説明することを義務付けるべきです。これができない鑑定書は、証拠能力を認めないという厳格な姿勢を取るべきです。
提言 2:第三者による基準策定と科学的検証
裁判所が主導し、法科学者、統計学者、AI研究者を交えた独立した諮問委員会を設置すべきです。筆跡鑑定の科学的採用基準(ミニマムスタンダード)を策定し、科学的に検証され、エラー率が特定された手法のみを公的に推奨するシステムを構築すべきです。
提言 3:公開検証の実施と「模倣筆跡チャレンジ」への協力要請
提言2で策定された基準に基づき、鑑定手法の真のエラー率と再現性を明らかにするため、公開検証を直ちに実施すべきです。
その第一歩として、私たちは「模倣筆跡チャレンジ」への参加を呼びかけます!
- 企画の目的: 第三者機関(報道機関、学術機関、弁護士会など)の立ち会いのもと、高度に模倣された筆跡サンプルを使用し、既存の鑑定法でどれだけの精度が出せるかを公開の場でチャレンジしていただきたいのです。
- 「脳科学的鑑定法」の優位性: 当研究所の「脳科学的筆跡鑑定法」は、文字を書く際の無意識の「手続き記憶」の崩れ、すなわち「筆跡個性の恒常性」の崩れを科学的に見抜くことで、高精度で筆者識別できることを結果をもって示します。
このチャレンジは、特定の鑑定法を批判するものではありません。「筆跡鑑定は本当に信頼できるのか?」という社会的な問いに対し、科学的根拠に基づいた明確な答えを出すことが、私たちの義務です。
日本の司法の信頼性を確立し、善良な市民の皆様の権利と財産を守るために、ぜひこの公開検証にご協力いただきたく、改めて呼びかけさせていただきます。


コメント