~「知・情・意」を語る鑑定書が、裁判で役に立たない科学的根拠~
「文字には、書いた人の性格や心が表れる」
「筆跡を見れば、その時の感情や意志がわかる」
書道や筆跡心理学の世界では、よくこのように語られます。
「知・情・意(知識・感情・意志)」という言葉を使って、筆跡から人間味を読み取ろうとする考え方です。
趣味の世界なら、それは美しい話でしょう。
しかし、人の運命を左右する「裁判(筆跡鑑定)」の世界において、この考え方は致命的なミス(冤罪)を引き起こす「猛毒」となります。
今回は、多くの鑑定業者が陥っている「精神論鑑定」の危険性と、なぜそれが科学的に間違っているのかを、脳科学的筆跡鑑定法(BSHAM)の視点から解説します。
■ 間違いだらけの「心を読む」鑑定
筆跡鑑定の解説として、巷ではよく以下のような主張がなされています。
- 「文字には『知・情・意(知識・感情・意志)』が表れる」
- 「『この線を長く書きたい』という筆者の意志や、『勢い・リズム』といった感情を読み取れば、犯人がわかる」
一見、もっともらしく聞こえます。
しかし、法科学のプロから見れば、これは**「私は科学的根拠を持っていません」と自白しているのと同じ**です。
なぜなら、「意志(心)」や「感情」は、鑑定において最も信用してはいけない「ノイズ」だからです。
■ 理由1:「意志」は偽造できる
「ここは長く書きたい」「ここは跳ねたい」
こうした「意志」は、脳科学的に言えば**「意識(大脳皮質)」**の領域です。
あなたが自分の名前を書く時、「ここは長く書こう」と意識して書くことができますよね?
ということは、偽造者もまた、「本人の文字に似せて、ここを長く書こう」と意識(意志)して書くことができるのです。
「意志」を分析するということは、「偽造者が意識的に真似した部分」をまんまと見せられ、騙されることを意味します。
これでは、精巧な偽造を見抜くことなど不可能です。
■ 理由2:「感情」は証拠にならない
「感情によって文字に勢いが出る」という主張も危険です。
確かに、怒っている時とリラックスしている時で、文字は変わるかもしれません。
しかし、裁判で必要なのは「その時の気分」の分析ではありません。
**「どんなに気分が変わっても、絶対に変わらない『本人だけの特徴』」**の証明です。
感情によってコロコロ変わる部分を根拠にして、「今日は勢いがあるから本人だ」「昨日は元気がなかったから別人だ」と判断するのは、もはや鑑定ではなく**「占い」**です。
裁判官は、占いの結果を証拠としては採用しません。
■ BSHAMは「心」ではなく「脳」を見る
当職が採用する**BSHAM(脳科学的筆跡鑑定法)**は、あやふやな「心(知・情・意)」を一切排除します。
私たちが解析するのは、以下の領域です。
- 意識できない「無意識の運動プログラム」
- 本人が気づいていない「微細な筆圧の生体反応」
- 目に見えない「空中筆記(ペンの軌道)」
これらは、本人の「意志」とは無関係に、脳(大脳基底核)が勝手に指令を出してしまう部分です。
だからこそ、偽造者は真似することができず、感情によってブレることもありません。
| 比較項目 | 他社の鑑定(精神論) | 当職の鑑定(BSHAM) |
| 見るもの | 「心・意志・感情」 | 「脳・神経・運動」 |
| 特徴 | 意識して変えられる(偽造可能) | 無意識で制御不能(偽造不可能) |
| 結論 | 「主観的な感想(文学)」 | 「客観的な証明(科学)」 |
■ 結論:「文学」にお金を払いますか?
「筆跡から書き手の想い(知・情・意)を感じ取る」
それは、鑑定書ではなく**「文学作品(ポエム)」**です。
あなたが求めているのが、裁判に勝つための「動かぬ証拠」であるならば、情緒的な精神論に頼る業者を選んではいけません。
「心」などという不確かなものではなく、「脳の生体反応」という物理的な事実だけを提示する、当研究所にご相談ください。
偽造者は、あなたの「心」を騙せても、最新の「脳科学」を騙すことはできません。



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