仙台高裁で「逆転勝訴」に貢献した鑑定
―― 遺言書の真偽が争われた事件
仙台高等裁判所 令和3年1月13日判決(判例タイムズ1491号57頁掲載)。当研究所の鑑定書と反論書が提出された控訴審で、依頼人側の逆転勝訴が確定した実例をご紹介します。
事案の概要
- 争点
- 自筆証書遺言の筆跡が、故人本人のものか否か
- 鑑定資料
- 遺言書本文(高齢期に書かれたとされる横書き17行の文書)
- 対照資料
- 年賀状・金融機関書類・証明書等、故人の生前の筆跡6点
- 相手方の主張
- 2名の筆跡鑑定人による「同一人の筆跡」とする鑑定書2通を提出
- 当研究所の結論
- 鑑定資料と対照資料は「別人の筆跡」である
- 第一審依頼人側に不利な判断。相手方は「同一人の筆跡」とする鑑定書2通を証拠として提出していました。
- 控訴審当研究所が鑑定書(別人の筆跡と認められる)と、相手方鑑定書2通に対する反論書を提出。
- 仙台高裁 令和3年1月13日判決依頼人側の逆転勝訴。判決は公刊物(判例タイムズ1491号57頁)に掲載されています。
当研究所の鑑定書 ―― 3つの発見
遺言書から複数の文字・部首を取り上げ、対照資料の筆跡と精密に突き合わせました。決め手となったのは、次の3つの所見です。
同一箇所の書き癖が、揺らぎでは説明できない水準で崩れていた
人が文字を書くとき、同じ字でも一画一画に必ず小さな「揺らぎ」が乗ります。これは誰の筆跡にもある自然なもので、それ自体は本人であることと矛盾しません。当研究所が見るのは、その揺らぎの下に、同じ書き手なら繰り返し現れるはずの安定した運動の型があるかどうかです。
この遺言書では、同一の箇所が、そうした揺らぎの幅を超えて、繰り返しの型そのものを成さずに崩れていました(反復性の崩壊)。他人の字を真似て書く偽造では、「うまく真似できた箇所」と「そうでない箇所」が生じるため、本来なら安定して繰り返されるはずの運動が、まさにこのように崩れます。揺らぎでは説明しきれないこの崩れが、決め手の一つでした。
同じ箇所に「別人の書き癖」が安定して現れていた
対照資料(本人の筆跡)には、拡大して初めて分かる微細な書き癖が一貫して現れていました。一方、遺言書の同じ箇所には、それとは別の書き癖が安定して現れていました。
無自覚に書かれる筆跡の同一箇所に、2種類の異なる書き癖が安定して現れることは考えられません。書き手が別人であることを強く示す構造です。
不自然な「加筆」「筆継ぎ」の痕跡
書き終わった後に、線の長さを微細に調整するような加筆・筆継ぎが複数箇所で確認されました。文字の形を「似せよう」とする意識の介入を示す痕跡であり、自然筆跡とは相容れないものでした。
反論書 ―― 相手方鑑定書2通を崩した3つの論点
相手方は「同一人の筆跡」とする鑑定書を2通提出していました。当研究所は反論書で、その鑑定方法自体が筆者識別を行える構造になっていないことを、具体的な証拠を挙げて示しました。
偽造の疑いのある「カーボン複写資料」を無批判に対照資料としていた
相手方鑑定書が対照資料とした確定申告書は、直接書かれた原本ではなくカーボン複写の「控え」にボールペンで上書きされた資料でした。しかも資料内の同一文字には大きなバラつきがあり、本人筆跡である根拠に乏しいものでした。
相手方鑑定書2通は、この資料の適格性を一切調査せずに比較対照へ使用していました。当研究所は同資料を鑑定から除外した理由とともに、この問題を指摘しました。比較の基準となる資料を審査しないまま比較を始めれば、その上に積んだ結論の精度は問えません。
「指摘箇所に基準がない鑑定」は、結果をどちらにも導ける
一つの漢字には、指摘できる特徴が数十箇所あります。基準を設けずに鑑定人の裁量で数箇所を選べば、同じ筆跡を「同一人」にも「別人」にも導けてしまう――このことを、実際の筆跡を使って実証しました。
決定的だったのは次の事実です。相手方の2名の鑑定人は、同一の文字についてそれぞれ6箇所を指摘していましたが、両者に共通する指摘はわずか2箇所。指摘の基準が存在しないことを、相手方鑑定書自身が物語っていました。
根拠の示されない「感想」は鑑定ではない
「珍しい書き方である」「自然な筆跡である」等、根拠が示されないまま結論に直結する記述が相手方鑑定書には多数ありました。例えば「珍しい書き方」とされた特徴について、当研究所が保有する100名分の筆跡データベースで照合したところ、およそ13%の人が書く、ありふれた書き方であることが判明しました。
また、宣言した鑑定方法と実際に行っている分析が食い違っている点も、頁を対比して具体的に指摘しました。
※当研究所は、この筆跡データベースを相手方の「珍しい」という主張を検証するためにのみ用います。自らの結論を「この書き方は珍しいから同一人だ」と積極的に主張する根拠には用いません。全国100名の記録で日本人全体の珍しさを語ることはできないからです。
高裁判決に示された判断の枠組み
仙台高裁の判決理由には、当研究所が反論書で提示した検討枠組みと方向性を同じくする判断が示されています。
| 当研究所が反論書で指摘した論点 | 判決理由に示された判断 |
|---|---|
| 原本のないカーボン複写資料には、後日の加筆・改変の可能性が内在する | 原本が存在しないカーボン複写資料は原本との照合ができず、加筆・修正・改変等の有無を検証できないため、その証拠価値は慎重に検討する必要がある。 |
| 類似性の指摘を中心とする分析は、比較部位の選択に鑑定人の主観・恣意が介在し得る | 類似性の指摘のみをもって筆者の同一性を基礎付けることには限界がある。 |
| どの特徴を、どの基準で一致・相違と評価したのかが明示されない鑑定は検証できない | 指摘基準が明示されない場合、鑑定過程の検証可能性が失われ、鑑定意見の信用性を十分に基礎付けることが困難となる。 |
※判決文の表現を平易に要約したものです。裁判実務上、判決文に鑑定人名や提出書面名が逐一記載されるものではありませんが、判決理由中で検討された論点および判断構造は、当研究所が提出した反論書の検討枠組みと方向性を同じくしています。
この事例が、現在のBSHAM®につながっています
この事件で決め手となった判断原理は、その後の理論研究を経て、現在のBSHAM®(脳科学AI筆跡鑑定®)の四段体系(①能力監査 → ②鑑定資料単独監査 → ③反復性監査 → ④数理評価)として体系化されました。
つまりBSHAM®は、机上の理論ではなく、実際の高等裁判所の逆転勝訴事件で通用した判断原理を条文化・体系化したものです。
▶ 四段体系の詳しい解説は 「脳科学AI筆跡鑑定®(BSHAM®)とは」 をご覧ください。
▶ 本件で争点となった対照資料の審査については、対照資料監査の解説と、実務でどれほど起きているかをまとめたコラム「筆跡鑑定は対照資料で決まる」をご覧ください。
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