紙は静止画ではありません ― 画線に残る、書いたときの速さ

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当研究所は、文字のではなく、その形を生み出した運動を見ています。そう申し上げると、こう思われる方がいらっしゃいます。

「紙に書かれた文字は、書き終わったあとの静止した画像ではないか。そこから、書いているときの動きが分かるはずがない」

もっともなお考えです。このページは、その一点にお答えするために書きました。

そもそも、なぜ運動を見るのか

筆跡鑑定が必要になるのは、誰かが偽造したかもしれないからです。ですから鑑定の方法は、偽造されたものに対して働かなければ意味がありません。

ところが、いま行われている筆跡鑑定のほとんどは、文字の形が似ているかどうかで判断しています。つまり、形が似ていれば本人が書いた、という前提に立っています。

しかし、偽造する人は、まさに似せるために偽造します。似ていれば本人だと言うのであれば、上手に偽造した人ほど本人になってしまいます。これは、特定の鑑定人の腕の問題ではありません。形を比べるという方法そのものの性質です。

ですから当研究所は、形ではなく運動を見ます。そして、その運動は、紙の上に残っています。

紙に残っているのは、形だけではありません

紙に残っているのは、書き終えた後の輪郭だけではありません。書いているときの速さが、画線そのものに残っています。

いちばん分かりやすいのは、撥ねや払いの先端です。筆記具が走り抜けた側の先端は、針のように細くなります。速く動けば細く抜け、動きが止まりぎみになれば太いまま終わります。

一本の画線の中でも、同じことが起こります。速さが変われば画線の太さが変わり、濃淡の移り変わりとして現れます。そして、速さが落ちれば画線は揺れます。

当研究所は、書いたときの速度を計算で言い当てているのではありません。速さは、はじめから画線の形として紙に記録されています。拡大すれば、そこに残っているものを見ることができます。

同じ字を、本人が書いた場合と、似せて書いた場合

実際にご覧いただくのが早いと思います。次の二つは、同じ字です。左が本人の書いたもの、右が似せて書かれたものです。

同じ字を本人が書いた場合と似せて書いた場合の画線の比較。つながり線の太さの移り変わりと筆脈の違いを示した図。

いずれもコピー画像です。原本ではありません。二つの字は、大きさを揃えて並べています。線には手を加えていません。

②の楕円をご覧ください。第2画から第3画へ渡っていく、つながり線の部分です。

本人が書いたほうは、線がいったんほとんど消えるほど細くなり、そこから徐々に太くなっていきます。筆が走り、また力が入っていく過程が、そのまま線の太さの移り変わりになっています。

似せて書かれたほうは、第3画のかなり手前で、つながり線がすでに太くなっています。細いところから太いところへの移り変わりがありません。

形は、よく似ています。並べて見比べれば、同じ字に見えます。似せて書かれているのですから、当然です。違っているのは、線の太さがどう移り変わっているかのほうです。

紙から離れている間の運動も、残っています

もう一箇所、①の丸をご覧ください。第1画と第2画が交わるあたりです。

本人が書いたほうは、つながり線がいったん消えるように筆脈で繋がり、第2画で実線となっています。筆脈(ひつみゃく)とは、筆記具が紙から離れている間も、運動としてはつながっている、そのつながりのことです。

似せて書かれたほうは、第1画と第2画のつながり線が、実線になっています。紙から離れないまま、輪を描いて続いています。

同じ場所で、一方は線が消え、一方は線が出ている。紙から離れていたかどうかまで、画線に残っているということです。

似せて書く人は、見えているものしか真似できません

文字の形は、目に見えます。ですから、練習すれば似せられます。

けれども、どこで筆が走り、どこで止まり、どこで紙から離れたか——こうしたことは、手本を眺めていても目に入りません。真似ようという対象にすら入らないのです。

そのうえ、手本を見ながら書くという行為そのものが、運筆に痕跡を残します。速度が落ちる、線の入りや方向転換に迷いが出る、といったことです。

コピーでも読めます

先ほどご覧いただいた二つは、いずれもコピー画像です。原本ではありません。

「原本がないので鑑定はできないでしょう」とおっしゃる方は少なくありません。そんなことはありません。撥ねや払いの先端がどう細くなっているか、画線の太さがどこで変わっているか、つながり線が実線として出ているかどうか——こうしたことは、写しからでも読み取れることが少なくありません。

もちろん、コピーから判断できる箇所と、判断が付かない箇所があります。その切り分けを行うのが鑑定人の仕事です。「コピーだから分かりません」も、「コピーでも全部分かります」も、どちらも正しくありません。よくあるご質問はこちら

ただし、一箇所では申し上げません

ここまで画線の話を続けてきましたが、画線を一本見ただけで、当研究所が何かを申し上げることはありません。

その一回だけたまたまそう書かれた、という可能性が残るからです。判断の材料になるのは、そこから先です。そこに現れた運動が、資料をまたいで繰り返し現れているかどうか。

人が長く書き続けた文字には、意識しない水準で繰り返される運動の型があります。何度も同じ軌道で書いたものが、身体の側に定着していくためです。画線が運動の記録であること。その運動が繰り返されていること。この二つが揃って、はじめて判断の材料になります。

当研究所は、この「繰り返し」が実際に見出せるのかを、自分の鑑定書を数え直して確かめています。反復する筆跡個性を特定できた書き手は、91名中91名でした。どの箇所に繰り返しが現れるかは、書き手ごとに異なります(検証の記録)。

ご自身で確かめられます

ここまで申し上げてきたことは、お手元の資料で確かめていただけます。撥ねや払いの先端を拡大してご覧ください。針のように細くなっているか、太いまま止まっているか。それだけでも、目に入るものが変わります。

そして、ほかの鑑定所の説明もご覧になってください。「似せて書かれていた場合に、その方法はどうなるのか」が説明されているかどうかをお確かめいただければ十分です。説明がなければ、その方法が想定しているのは偽造ではなく、別の書き手の識別です。争われているものと、答えている問いが違うことになります。

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