筆跡鑑定を頼もうとしたときに、「裁判所は筆跡鑑定をあまり重視しない」と言われた方は少なくないと思います。実際に、法廷でそう告げられた例もあります。ただ、その不信がどこから来ているのかは、あまり語られません。
米国では、検証が公に求められました
2009年、米国の全米研究評議会が、連邦議会の求めに応じて一つの報告書を公表しました。原題は Strengthening Forensic Science in the United States: A Path Forward(米国における法科学の強化——前進への道)といいます。法科学の各分野を、その分野の外にいる科学者が点検した報告書です。
報告書は、核DNA型分析を例外として、指紋・銃器・咬痕・毛髪・靴跡、そして筆跡といった「特徴を見比べる」型の手法について、法廷での主張を支えるだけの検証を経ていない、と結論しました。筆跡鑑定については、その科学的な基盤は強化される必要があること、訓練を受けた鑑定人が用いる手法の信頼性や再現性を数値で確かめた研究は限られていることが、明記されています。
2016年には、大統領科学技術諮問委員会が、人の判断が入る比較型の手法について述べています。その妥当性を確かめる方法は一つしかない、鑑定人が実際にどれだけ正解するかを実証的に試験することだ、と。
なお、この報告書の後も、米国の法廷が筆跡鑑定の証言を締め出したわけではありません。求められたのは、排除ではなく検証です。
日本には、その要求がありません
日本で「科学的な鑑定法」と称されている手法は、この水準の点検を一度も受けていません。
批判が存在しないのは、批判に耐えたからではありません。点検する仕組みが、この国にないからです。日本で筆跡鑑定がどのように扱われるようになったのか、その経緯については「『筆跡鑑定は弱い』という固定観念は、どこから生まれたのか」に書いています。
腕前を測る試験が、そもそもない
医師にも、技師にも、技能を確かめる仕組みがあります。筆跡鑑定にはそれがありません。どの鑑定人がどの程度の腕なのか、頼む側には確かめる手段がないのです。
測ろうと思えば、測れます。同じ問題を鑑定人全員に配って、答え合わせをすればよいのです。
ただし、一人だけにやっても意味がありません。その問題が簡単だったのか難しかったのかが分からないからです。全員に同じ問題を配って初めて、誰がどの水準にあるのかが見えてきます。
そして、試験で分かることにも限りがあります
試験の中では、どれが偽造かを作った側が知っています。ですから、当たった外れたは決まります。分かるのは、そこまでです。
実際の事案で必ず当てられる、という話にはなりません。試験に使う偽造は、本気で似せてきた偽造とは難易度が違います。そして遺言書をめぐる事案では、本当の答えを知っている方が、すでに亡くなっています。
ですから当研究所は、「検証を経た鑑定です」とは申しません。検証を経た筆跡鑑定は、当研究所のものを含めて、この世に一つも存在しないからです。
七年前に、呼びかけました
当研究所は七年前、この試験を公開で行うことを呼びかけました。
応じた鑑定人は、一人もいませんでした。
では、依頼する側は何を見ればよいのか
腕前を測る仕組みがない以上、確かめられることは一つだけです。その鑑定書が、あとから検証できる形で書かれているかどうか。
どの箇所を見たのか。どういう基準で判断したのか。なぜその結論になるのか。読んだ人が資料と突き合わせて、順番に追いかけられる形になっているか。似ている、似ていないという印象だけが並んでいないか。
これは専門知識がなくても確かめられます。何を確かめればよいのかは「筆跡鑑定の正しい選び方 ― 誤認しやすい7つの信頼表示」に整理しました。当研究所の鑑定書をご覧になるときも、どうか同じ目で見てください。


