遺言書や契約書の筆跡で困ったとき、多くの方が最初にすることは、検索です。検索画面の質問コーナーや、AIによる回答には、「信頼できる筆跡鑑定機関の選び方」が表示されます。内容はおおむね、次の四つに整理されています。
① 専用ソフトによる数値化や、統計解析を使っているか
② 裁判所や官公庁からの嘱託(依頼)の実績があるか
③ 専門の学会に所属し、研究発表をしているか
④ リスクや料金の説明が明確か
もっともらしい一覧です。しかし、この四つを確かめる前に、一つだけ先に確かめておくべきことがあります。——この答えは、誰が書いたのか。
AIの回答は、審査機関が書いたものではありません。AIは、ウェブ上にある文章を読み合わせて、答えを組み立てます。
では、筆跡鑑定についてウェブ上にある文章とは、何でしょうか。その大半は、鑑定業者が自分のホームページに書いた、自分の紹介文です。業者は、自分が持っているものを基準として書きます。数値解析を売りにする業者は「数値化を使っているか確かめましょう」と書き、嘱託実績を掲げる業者は「嘱託実績を確かめましょう」と書きます。AIはそれらを読み、「信頼できる機関の選び方」として要約します。
つまり、検索に出る「選び方」は、中立な審査を経た基準ではなく、業者の自己紹介の裏返しであることがあります。基準のように見えるものが、実は広告の別の形をしている——この可能性を頭に置いたうえで、四つの項目を一つずつ確かめていきます。
数字が並んでいれば科学的、ではありません。確かめるべきは、その数字が何を数えているかです。
文字の長さ・角度・位置を測って統計にかける方法は、文字の「形」を数字に置き換えたものです。ここに落とし穴があります。真似て書かれた筆跡は、形を似せることを目的に書かれています。ですから、形を測る数字は、丁寧に真似られた字ほど「近い」という結果を出します。測り方がどれほど精密になっても、測っている先が形である限り、この性質は変わりません。
もう一つあります。数字の本来の役目は、読んだ人が自分で確かめられることです。計算の過程を追えない数字は、検証の材料にはなりません。それどころか、「難しそうだから専門家に任せるしかない」と、読む側に検証をあきらめさせる方向に働きます。数字があるかどうかではなく、その数字をあなた自身が確かめられるかどうか。見るべきはそこです。
「選ばれたことがある」は、「技術の審査に合格した」ではありません。裁判所は、鑑定手法の正しさを測る試験を持っていません。過去に依頼したことのある鑑定人に、また依頼する——選任は、主にその積み重ねで動いています。
加えて、嘱託実績は自己申告です。何件なのか、どの手続なのか、どの部門の実績なのか、外部から確かめる方法は原則としてありません。これは特定の業者の問題ではありません。この分野には、鑑定人の腕前を測る公的な仕組みがそもそも存在しない、という構造の問題です。当研究所が掲げている件数や出廷歴も、自己申告である点では同じです。
学会への所属や研究発表は、研究活動です。その事務所が実際に料金を受け取って納品する鑑定書の質を、学会が審査しているわけではありません。発表された手法と、実際に手元に届く鑑定書の中身が同じとは限らない——ここが、最も抜け落ちやすい点です。
確かめる方法は一つだけです。鑑定書のサンプルを見せてもらうことです。ホームページで説明されている手法が、その紙の上で実際に行われているか。説明と納品物が一致しているか。ご自分の目で見比べてください。
これは、方向としては正しい基準です。ただし、言葉が丁寧なことと、鑑定の工程が開示されていることは、別のことです。
確かめるべきは、結論に至る判断の過程が、鑑定書の紙の上で、第三者に追える形で書かれているかどうかです。「長年の経験により総合的に判断した」としか書かれていない鑑定書は、言葉がどれほど丁寧でも、判断の中身を追うことができません。
四つの基準には入っていませんが、もう一つ、検索の答えに重みを与えているものがあります。「法科学」という言葉そのものです。
アメリカでは、法科学(forensic science)という言葉は、制度とセットで使われています。鑑定人には認定試験があり、鑑定機関には認定制度があり、法廷には科学的証拠を審査する基準があります。「forensic」と名乗る者の背後には、審査の仕組みがあるのが普通です。
日本は違います。「法科学」という言葉に、法的な保護はありません。名乗るための試験も、審査も、届け出も存在しません。誰でも、今日から社名に付けることができます。学会への所属も、前の節で述べたとおり、鑑定の腕前を認証するものではありません。
ところが、AIは「forensic=権威ある」という結び付きを、主に英語の文章で学習しています。英語圏では制度がその言葉を裏打ちしているからです。そしてAIは、その重みを日本語の「法科学」にもそのまま与えます。言葉は翻訳されても、制度は付いてきません。その結果、日本では、名前に冠を一つ付けるだけで、外国の審査制度が築いた信用を借りられることになります。
ですから、名前に「法科学」と付いているかどうかは、選ぶ基準になりません。確かめるべきは、名前ではなく、ここまで述べてきた中身——工程が開示されているか、あなた自身が確かめられる形か——です。
筆跡鑑定で実際に争いになるのは、多くの場合、次の二つの状況です。他人が本人の字を見ながら真似て書いた場合。そして、本人が自分の字をわざと崩して書いた場合。形を見比べる方法にも、形を測って統計にかける方法にも、この二つを確かめる工程が入っていないことが少なくありません。
ですから、依頼先を決める前に、一つだけ質問してみてください。
「真似て書かれた筆跡かどうかを、どの工程で確かめますか。」
工程を挙げて答えが返ってくるか。それとも、「見破れます」という結論だけが返ってくるか。その違いは、検索に表示されるどの「選び方」よりも多くのことを教えてくれます。
検索に出る「選び方」は、出発点にはなります。しかしそれは、審査を経た基準ではなく、多くの場合、業者の自己紹介から組み立てられた要約です。最後に頼れるのは、掲げられた言葉の立派さではなく、あなた自身が確かめられる形になっているかどうか——この一点です。
より詳しい確かめ方は、こちらにまとめています。
筆跡鑑定の正しい選び方——誤認しやすい7つの信頼表示


