あなたは今、裁判で筆跡の真贋を争い、鑑定書の提出を考えていますか? しかし、その筆跡鑑定は、残念ながら裁判所で「軽視」され、時には「役に立たない」とまで言われる現状に直面しています。そして、その結果、真に重要な証拠となり得るはずの筆跡鑑定への依頼自体が激減しているのです。
これは、司法の公正性を根底から揺るがす、極めて恐ろしい問題だと私は強く訴えます。
裁判所が筆跡鑑定を「放棄」し始めた、その悲劇的な理由
なぜ、このような事態が起きているのでしょうか? その原因は、「倫理なき鑑定書」を提出し続ける一部の鑑定事務所の存在と、それによって生じる裁判所の誤った認識にあります。
- 「科学的根拠なき」鑑定が鑑定業界を蝕む: Google検索で上位を占める一部の鑑定事務所は、「科学的・統計的」な手法を謳いながら、その判断基準に具体的な科学的根拠を一切示していません。
- 彼らは「個人内変動」を誤って解釈し、鑑定の基本原則である「書く都度変化する単なる特徴」と「恒常的な筆跡個性」の区別すら怠るナンセンスな手法 を採用しています。
- 「AI筆跡診断,筆跡鑑定なら●●鑑定」 のような言葉で最新技術を謳いつつも、実績が伴わない虚偽の宣伝を行う事務所も存在します。
- その結果、これらの事務所が作成する鑑定書は、客観性や信頼性を欠き、時には真実を歪める危険性をはらんでいます。
- 「異なる鑑定結果」が不信を増幅させる: 筆跡鑑定業界には国家資格がなく、鑑定人の実力は「玉石混交」です。そのため、「裁判では双方から自分に有利な筆跡鑑定書しか出てこない」 という現象が頻繁に起こります。これは、恣意的な鑑定書が書かれているというよりも、単に鑑定能力が低い、あるいは間違った鑑定法を採る鑑定人が多い からに他なりません。異なる鑑定結果が法廷に提出されることで、裁判所は筆跡鑑定全体の信憑性に疑念を抱くようになります。
- 裁判所の「固定観念」が真実の目を曇らせる: 裁判所には、そもそも「筆跡鑑定の証明力には限界がある」 という固定観念が根強く存在します。これは、半世紀以上前にその限界が指摘された「伝統的筆跡鑑定法」 の評価が、いまだに筆跡鑑定全体に及んでいるためです。
このままでは「偽造したもの勝ち」:司法が筆跡鑑定を放棄する恐ろしさ
このような状況が続けば、裁判所はますます筆跡鑑定を軽視し、「提出した筆跡鑑定には重きをおいておらず、他の事情(状況証拠など)から判断をする」 という姿勢を強めてしまいます。
その結果、真に重要な証拠であるはずの筆跡鑑定が、司法の場で「放棄」され、意味をなさなくなるという恐ろしい問題が起きています。これは、
- 依頼人の正当な権利の侵害: 偽造によって財産や権利を奪われた善良な人々が、鑑定の科学的証拠を正当に評価されないまま敗訴し、苦しむことになります。
- 「偽造したもの勝ち」の助長: 裁判所が筆跡鑑定を軽視することで、「筆跡を偽造してもバレない、やったもの勝ち」 という悪しき風潮が社会に広がり、不正行為に歯止めがかからなくなります。
私の挑戦:この「不条理な現状」に終止符を打つために
このような歪んだ現状を打破するため、私はこのブログや著書『筆跡鑑定をダメにした知ったかぶりの輩たち』 で詳細に解説しているのが、脳科学に基づいた「脳科学的筆跡鑑定法」です。これは、従来の表面的な類似性を見る鑑定とは異なり、脳の運動制御メカニズムに基づく分析によって、筆跡の真の個性を見抜き、偽造の巧妙な欺きを暴き出す画期的な手法です。
筆跡鑑定の信憑性は、いつまでも司法や個人の想像で語られるものではありません。その真の信憑性は、個々の筆跡鑑定人の実力を、脳科学的根拠に基づき目に見える形で証明すればよいのです。この長年問い続けられてきた疑問には、たった一日でその答えが出せるのです。
私は、この「脳科学的筆跡鑑定法」の優位性を公に証明するため、「公開検証(試験)」の実施を強く提唱しています。この挑戦によって、個々の鑑定人の「正答率(実力)」が明確になり、「筆跡鑑定の証明力には限界がある」という裁判所の誤った固定観念を打ち破ることができると確信しています。
もし、このブログ記事の内容に反論がある鑑定人や鑑定機関があるならば、私は公の場で、科学的根拠に基づいた「公開検証」に参加することを強く求めます。
このブログ記事を通じて、筆跡鑑定業界の現状とGoogle検索の闇、そして真の科学の重要性について、より多くの方にご理解いただければ幸いです


