以前、こんな依頼がありました。
ある男性が、亡くなったお父様が残したとされる借用書の筆跡鑑定を依頼されました。鑑定の目的は、その借用書が偽物であることを証明すること。「父は絶対に借金などしない人です。この借用書は、父の筆跡ではありません。そう証明してください」と、非常に強い口調で訴えられました。
ご遺族の気持ちを考えると、何とか力になりたいという思いがこみ上げました。しかし、私の仕事は感情に流されることなく、事実のみを追い求めることです。お預かりした筆跡を、筆圧、字の止め・はね・はらい、文字の骨格、全体のバランスなど、あらゆる角度から細かく分析しました。
そして、鑑定の結果、残念ながら男性の期待に反する事実が判明しました。借用書の筆跡は、比較対象のお父様の筆跡と多くの書き癖が一致していたのです。
真実を伝えることの難しさ
鑑定結果をお伝えする日、男性は私の話を信じようとしませんでした。「そんなはずがない!私の父が借金などするわけがない!」と、怒りをあらわにされました。
その時、私は、ただ「鑑定結果はこうです」と伝えるだけでは不十分だと痛感しました。
私はまず、鑑定のプロセスを一つひとつ丁寧に説明しました。
「借用書の『私』という字を見てください。お父様が普段書かれる『私』の字は、最後の縦画がまっすぐ下に伸びていますが、この借用書の字は少し内側に曲がっています。しかし、他の資料で、お父様が同じように内側に曲げて書かれている例が複数見つかりました。」
「また、『金』という字の最後の横画の長さや、払い方なども、借用書とお父様の普段の筆跡とで、同じ書き癖が非常に多く見られました。」
このように、単に「一致しました」と伝えるのではなく、どのような点が、なぜ一致すると判断したのかを、具体的な文字の例を挙げながら説明しました。
専門家としての誇り
最終的に、男性が鑑定結果を完全に受け入れてくれたかはわかりません。しかし、私の説明を聞いているうちに、男性の怒りが少しずつ静まっていくのを感じました。
私の仕事は、依頼者の望む答えを出すことではありません。たとえそれが、依頼者にとって厳しい現実であったとしても、科学的根拠に基づいた真実を、誠実に伝えることです。
鑑定結果が依頼者の期待と異なることは、私の鑑定が間違っているわけではありません。それは、私が先入観なく、公平な目で真実を見つめた証拠です。
筆跡鑑定人として、私はこれからも、揺るぎない信念と客観性をもって、一つひとつの筆跡に向き合っていきます。それが、真実を解き明かすプロとしての私の誇りです。


