私は、トラスト筆跡鑑定研究所の二瓶淳一です。従来の数値解析法が抱える科学的破綻の一つに、「閾値(いきち)設定の不透明性」があります。
これは、鑑定結果が本当に科学的かどうかの根幹に関わる問題です。鑑定書で「類似度90点」といった数値を見たことがある方は、その点数が「誰の、どのような根拠」で導かれた「同一人物の判断ライン」なのか、深く考えてみる必要があります。
1. 「閾値」とは何か?—鑑定の最終的な判断境界線
数値解析法は、文字の特徴を計測し、その類似度を点数化します。この点数が「何点以上なら同一人物」、「何点以下なら別人」と判断するための境界線が閾値(Threshold)です。
例えば、「類似度が85点なら同一人とする」と鑑定人が設定した場合、この85点が「閾値」となります。
2. 最大の欠陥:閾値の「設定根拠」が一般に公開されていない
私が指摘する最大の問題は、この重要な閾値の設定根拠が、一般に、そして法廷においても公開されていない点です 。
- 不透明な判断: 鑑定人が「何点以上」と判断したのかはわかっても、「なぜその点数が科学的に正しい境界線なのか」の根拠がブラックボックス化しています。
- 科学的説明責任の欠如: 科学的な手法であるならば、その判断基準(閾値)を設けた統計的な理由、検証データ、そしてその設定によって生まれるエラー率(後述)を公開する責任があります。しかし、従来の鑑定法では、この説明責任が果たされていません 。
🛑 結果: 根拠が不明な閾値によって導かれた鑑定結果は、「鑑定人が勝手に引いた線」に基づいた判断に過ぎず、科学的な信頼性を確保できません。
3. 閾値の不透明性がもたらす「二重の危機」
閾値の根拠が不明確であることは、単なる透明性の問題に留まらず、あなたの人生を左右する鑑定結果に以下の二重の危機をもたらします。
危機①:エラー率(偽陽性/偽陰性)が不明確になる
科学的な鑑定においては、その手法がどれくらいの確率で間違った判断を下すか、エラー率を明確にすることが必須です。
- 偽陽性 (False Positive): 本来は別人(異筆)なのに、誤って「同一人(同筆)」と判断してしまう確率。
- 偽陰性 (False Negative): 本来は同一人(同筆)なのに、誤って「別人(異筆)」と判断してしまう確率。
閾値の設定根拠が不明な場合、この重要なエラー率が計算できず、依頼者は自身の鑑定結果がどれほど信頼できるのか(あるいは危険なのか)を知ることができません 。
危機②:鑑定結果が「個人的見解」に格下げされる
前回の記事で解説した通り、数値解析法は「ノイズ計測」という根本的な欠陥を抱えています。基準線がノイズを拾っている場合、その数値の妥当性自体が揺らぎます 。
- 問題点: 鑑定人が計測した数値が、たまたま設定した不透明な閾値を超えていたとしても、その数値がノイズに過ぎないため、鑑定の妥当性は成立しません。
- 結論: 鑑定結果は、単なる「コンピューターを使った専門家の個人的見解」に過ぎなくなります 。
4. 依頼者への警告:透明性が担保された鑑定を選んでください
従来の数値解析法は、「30個の壁の崩壊」による統計的根拠の喪失と、「閾値設定の不透明性」という二重の破綻を抱えています。
鑑定書に示された類似度や数値が、「なぜその境界線で判断できるのか」の統計的な根拠と、その判断を下す際のエラー率を明確に示せない限り、それは信頼できる証拠とは言えません。
あなたの人生を左右する判断を、ブラックボックス化された「閾値」に委ねてはなりません。
次回は、これらの理論的破綻がもたらしている、実務上の異常事態と、偽造者が鑑定書を作成可能となる深刻な問題について詳しく告発します。


