「遺言書が偽造だ!」
もしあなたが家族の遺産をめぐる争いに巻き込まれ、そんな疑いを抱いたとき、頼りになるのが筆跡鑑定です。
しかし、この筆跡鑑定の世界に、今、大きな変革が起きています。それは、単なる見た目の比較に留まらない、脳科学に基づいた新しい鑑定法です。
今回は、実際に裁判で画期的な判断を下された事例を交え、この新しい鑑定法がなぜ司法の場で注目されているのかを、誰にでもわかるように解説します。
従来の鑑定法が抱えていた「限界」
これまでの筆跡鑑定は、主に筆跡の「形」や「長さ」といった目に見える特徴を比較するものでした。もちろん、これらの手法も一定の有効性はありますが、以下のような根本的な課題を抱えていました。
- 鑑定人の主観性: どの特徴に注目するかは鑑定人の経験や勘に頼るため、結果が恣意的になるリスクがありました。
- 「ありふれた特徴」の誤認: 偽造者が真似しやすい「目立つ特徴」が一致しただけで、「本物」と判断してしまう危険性がありました。
- 「個人内変動」の曖昧さ: 同じ人が書いた筆跡でも、その日の体調などで自然な「ブレ」が生じます。従来の鑑定法では、この「ブレ」と偽造による「相違」を明確に区別する基準がありませんでした。
裁判を動かした「新しい鑑定」のロジック
こうした限界を克服するために生まれたのが、「脳科学的筆跡鑑定法」です。この鑑定法は、筆跡を単なる図形ではなく、人間の無意識の行動である「運動の軌跡」として捉えます。
核心にあるのは、以下の2つの考え方です。
- 「書き癖」は無意識の記憶である: 文字を書くという行為は、自転車に乗るのと同じで、繰り返し練習することで体が覚える「手続き記憶」に深く根ざしています。私たちは、文字の形を意識しても、個々の線の動きを意識することはほとんどありません。この無意識の運動の記憶こそが、その人固有の「書き癖」として筆跡に現れます。
- 偽造筆跡には「恒常性の崩れ」が生じる: 偽造者は、手本を真似ようと意識的に努力します。この意識的な介入が、本来無意識で安定しているはずの「書き癖」の恒常性を崩してしまうのです。この「不自然な崩れ」を見抜くことが、新しい鑑定法の強力な武器となります。
仙台高裁が認めた画期的な事例
実際に、この新しい鑑定法の考え方は、仙台高等裁判所の判決でその正しさが認められました。
とある遺産分割をめぐる裁判で、従来の鑑定法による鑑定書が「遺言は本物だ」と主張したのに対し、新しい鑑定法による鑑定書は、「偽造だ」と結論付けました。
判決文では、「作為筆跡は、筆跡個性が安定しない等の特徴が出やすい」という、この鑑定法のロジックそのものが「一般的な見解であり、首肯できるもの」と明記されたのです。これは、裁判所が、単に見た目の類似性を超えた、科学的な鑑定のあり方を認めた歴史的な瞬間でした。
未来の筆跡鑑定へ
この判例は、まだ一部の事例に過ぎません。しかし、これは「論理的で科学的な鑑定法が、裁判の場で正当に評価されるべきだ」というメッセージを強く示唆しています。
今後は、この判例をきっかけに、脳科学的筆跡鑑定法のような新しい手法が、さらに多くの裁判で有効な証拠として扱われることが期待されます。
もしあなたが筆跡鑑定を検討する機会があれば、単なる「似ているか否か」ではなく、その鑑定がどのような科学的根拠に基づいているのか、そして、鑑定人がどのような実績を持っているのかを、ぜひ確認してみてください。


