書類にサインをするとき、私たちは「自分の署名」を無意識に、そして当たり前に書きます。でも、その筆跡がもし法廷で争われたら?「この筆跡は本当に本人のものか?」という問いに、どう答えることができるのでしょうか。
筆跡鑑定は、しばしばドラマや映画で登場する、ミステリアスな分野に思われがちです。しかし、その根幹には、厳格な科学的な検証が不可欠です。
今回は、「筆跡を揃える」という課題を例に、鑑定の信頼性を決める「科学的根拠」について、分かりやすく解説します。
なぜ筆跡鑑定は難しいのか?
あなたの署名は、毎回同じ大きさ、同じ形ですか? おそらく「いいえ」でしょう。その日の体調、書くときの気分、ペンの種類、紙の質…様々な要因で、筆跡は微妙に変化します。
これが、筆跡鑑定の難しさです。鑑定のプロは、この「個人内変動幅」(同じ人が書いたときの筆跡のブレ)を見抜き、その奥にある恒常的な書き癖を見つけ出す必要があります。
✍️ 文字を揃えるという「科学」の論理
見た目がバラバラな筆跡をどうやって比較するのでしょうか? 数値解析法という筆跡鑑定法では、筆跡を物理的に揃えるのではなく、数値データとして統一することで比較を可能にします。このアプローチには、いくつかの科学的手法が存在します。
1. 幾何学的アプローチ
この手法は、筆跡の静的特徴(形や大きさ)に焦点を当てます。
- 方法: 筆跡を画像として取り込み、文字の画と画の間隔、線の長さなどを幾何学的に測定し、数値化します。文字の外形に四角い枠をつけたり、特定の点を結ぶ線を基準(基線)として、他の点をその基準に対する比率として算出します。
- 課題: 筆跡の変動幅が大きい場合、基準となる点や枠を正確に特定するのが困難になることがあります。また、筆順や運筆の速さといった動的な情報が欠落するため、分析が不十分になる可能性があります。
2. 動的(バイオメトリクス)アプローチ
この手法は、筆跡を書く際の動的特徴に焦点を当てます。筆跡を単なる線の集合ではなく、脳からの指令によって行われる運動動作の軌跡として捉えます。
- 方法: 専用の機器を使用し、書く際の筆圧、ペンの速さ、筆順などを詳細に記録・分析します。これにより、筆者の運動習慣や神経系の特徴を直接的に捉えることができます。
- 課題: 動的データを取得するためには、特殊な機器を使って書かれた筆跡が必要であり、既存の紙の書類には適用できません。
科学的鑑定に必要な「膨大な検証」
どんなに素晴らしい理論も、それが実際に機能することを証明できなければ、単なる仮説に過ぎません。信頼性のある筆跡鑑定法として認められるためには、以下の「検証の証明」が不可欠です。
- 膨大なデータの明示: 異なる筆者と同一筆者の、膨大な数の筆跡データを用いて、鑑定手法の正答率や誤差率を客観的に示す必要があります。
- 再現性の確認: 異なる鑑定人が同じデータを使っても、同じ結果が得られることを証明しなければなりません。
- 専門家によるレビュー: 鑑定手法が、関連分野の専門家から科学的に妥当であると認められる必要があります。
あなたの署名を守るために
筆跡鑑定の結果は、あなたの人生に大きな影響を与える可能性があります。鑑定の依頼を検討する際には、その鑑定法が科学的な検証を十分に経ているか、その有効性を客観的に証明できるかをしっかりと確認することが大切です。
【まとめ】
- 筆跡を揃える: 物理的なサイズではなく、数値データとして統一すること。
- 科学的根拠: この手法が有効であることを、膨大なデータによる検証で証明する必要がある。
- 信頼性: 検証の記述がない鑑定法は、信用性が乏しいと判断すべき。
あなたの署名を、そしてあなた自身を守るために、鑑定法の「科学的根拠」に目を向けてみませんか。


