目の前に、父の署名がある。
しかし、それが偽物であることは、筆跡を見た瞬間に直感でわかる。文字の重心、跳ね方、線の震え。どれをとっても、長年見慣れた「父の癖」とは違う。それは、父の写真を見て「父だ」とわかるのと同じくらい、揺るぎない確信です。
なのに、周囲は言います。「よく似ているじゃないか」「素人目には区別がつかない」。
手には真実があるのに、それを誰も信じてくれない。法的にも、社会的に孤立させられる。偽造筆跡の被害者が直面するのは、財産的な損失だけではありません。「どう見ても違う」という真実を証明する機会すら与えられない、その圧倒的な無念さです。
鑑定が軽視され、弁護士さえ見放す現状
なぜ、被害者の確信は、証拠として認められないのでしょうか。
それは、これまでの筆跡鑑定が「職人の勘」に頼るものであり、その結果が法廷で軽視されてきた歴史があるからです。裁判所が「筆跡鑑定は科学的ではない」と判断する例が増えた結果、鑑定結果は証拠として十分な重みを持たなくなりました。
この状況は、被害者をさらに追い詰めます。
状況証拠が少ない遺言無効確認訴訟など、筆跡鑑定が唯一の頼みの綱となるケースにおいて、「どうせ鑑定を出しても裁判所は信用しない」という判断が、弁護士たちの間に広まってしまいました。
結果、多くの弁護士が、筆跡鑑定が主たる証拠となる訴訟を受任することすら避けるようになりました。
被害者は、どう見ても偽物だとわかっている筆跡を手にしながら、その真実を追求する最初の扉である弁護士にすら、見放されてしまうのです。ここに、偽造筆跡の被害者が直面する、より深刻な無力感と絶望があります。
あなたの無念は、決して間違いではなかった
しかし、この状況は変わりつつあります。
筆跡鑑定が、経験や勘に頼る時代から、客観的な科学へと進化しているからです。
新しい鑑定法は、あなたが直感的に感じた「違和感」を、科学的なデータとして可視化します。
- 筆圧の曲線: 意識して真似できない力の強弱。
- ストロークの速度: 一瞬の躊躇や書き急ぎ。
- 線の震え: 筋肉の動きが反映された無意識の癖。
これらのデータは、巧妙に真似られた「偽物の見た目」の裏に隠された、「真実の筆跡」を暴き出します。
あなたの直感は、決して間違いではありませんでした。
脳科学的筆跡鑑定の法考案、提唱者は二瓶淳一です。


