遺言書、契約書、あるいは差出人不明の匿名の手紙。そこに書かれた文字が、本当に本人が書いたものかどうか、どうやって見分けるのでしょうか?
「筆跡鑑定」と聞くと、鑑定人が虫眼鏡を片手に、複数の文書をじっくり見比べる姿を想像するかもしれません。しかし、もし比較するための本人の筆跡(対照資料)がほとんどないとしたら、どうでしょう?
それでも筆跡の真偽を高い精度で推測できるのが、脳科学的筆跡鑑定法です。この鑑定法は、筆跡の背後にある「脳の働き」を科学的に解き明かし、その信頼性を飛躍的に高めるダブルチェック法を組み合わせています。
筆跡は「無意識の記憶」の産物
まず、筆跡鑑定の基礎にあるのは「脳」の働きです。文字を書くという行為は、実は脳に深く刻まれた「手続き記憶」という無意識のスキルによって行われます 。これは、自転車の乗り方や楽器の演奏のように、何度も繰り返すうちに身体が勝手に覚えてしまう記憶のことです。
この手続き記憶は、私たちの意識とは無関係に、スムーズで安定した運動を生み出します 。そのため、私たちの筆跡には、無意識のうちに現れる「書き癖」、つまり一貫した特徴(恒常性)が生まれるのです 。鑑定人は、この個々人に固有の「恒常性」を見つけることで、筆者を見分けることができます 。
鑑定精度の飛躍的向上:ダブルチェック法
筆跡鑑定の信頼性を最大限に高めるのが、「ダブルチェック法」です。これは、「鑑定資料内筆跡の恒常性分析」を第一段階、「対照資料との比較」を第二段階とする、2つの検証手法を組み合わせることで、鑑定の精度を二重に検証するものです。
1. 第一段階(鑑定資料内の恒常性分析)
この最初のステップでは、対照資料がなくても真偽を推測できる驚きのロジックを用いて、偽造が疑われる文書それ自体に、不自然な「ばらつき」がないかを徹底的に分析します。
- 本人が書いた場合: 本人が書いたものであれば、無意識の「手続き記憶」によって書かれているため、同じ文字でも驚くほどの一貫した書き癖が多数見つかります。
- 偽造された場合: 偽造者は、本人の筆跡を意識的に「模倣」しようとします。これは無意識の運動ではなく、ぎこちない「意識的な作業」です. そのため、同じ文書内でも筆跡に不自然なばらつきが生じます. 具体的には、不自然な筆圧の揺れ、ぎこちない筆継ぎ(二度書き)、ストロークの震えなどが偽筆の兆候となります。
この「一貫性の欠如」を科学的に見つけ出すことで、たとえ対照資料がなくても、その筆跡が偽造されたものである可能性を推測できるのです。
2. 第二段階(対照資料との比較)
第一段階で作為の可能性が高いと判断された場合、次に本人の筆跡が確認できる対照資料と、鑑定資料を比較します .ここでは、本人の筆跡の特徴と、鑑定資料の筆跡が一致するかどうかを検証します。
この二つのアプローチを組み合わせることで、文書が偽造された可能性と、それが特定の人物によって書かれたかという両方を同時に検証することが可能になります 。これにより、鑑定結果の信頼性と法的妥当性が大きく向上するのです。


