🚨 【業界の危険な構造】資格なし・論理なし!誰でも参入できる筆跡鑑定の「危うさ」を告発します

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序章:「簡単さ」が司法の信頼性を奪う

筆跡鑑定業界には、公的な資格制度や統一された科学的基準が存在しません。この参入障壁のなさこそが、論理的厳密性とは無縁の「自称専門家」を生み出し、業界全体の信頼性を根底から揺るがしています。

その結果、作成が容易な伝統的鑑定書と、論理の厳密性を追求したBSHAM鑑定書という二極化が進んでいます。そして、この「難しさ」こそが、真の専門性の証明となっているのです。


Ⅰ. 📉 伝統的鑑定書が「誰でも書けてしまう」構造的欺瞞

資格を持たない人物でも専門家を名乗り、高額な報酬を得られるのは、従来の鑑定書が科学的防御線を完全に放棄しているためです。

1. 🔍 結論を操作する「主観的選択バイアス」

伝統的鑑定書には、筆跡を比較する指摘箇所の客観的な選定基準が一切存在しません。

  • 欺瞞の構造: 鑑定人は、自分の主張に都合の良い箇所(同筆にしたいなら類似点、別人なら相違点)を偏向して選定することができます。
  • 論理の破綻: 結論は、選定した特徴点の単純な「多数決」で決定されます。これは、筆跡の論理的重み(希少性や恒常性)を完全に無視した、馬鹿馬鹿しい判断です。

2. 🚨 参入を容易にする「事務処理」レベルの作業

この形式の鑑定書は、客観的な数値計算や統計学的な検証が不要です。

  • 現実: 鑑定人の「経験と勘」という曖昧な権威を背景に、ワードや画像処理能力さえあれば、誰でも短時間で作成できてしまいます。この参入の容易さが、論理的厳密性を追求しない「自称専門家」の乱立を招いています。

Ⅱ. 🧠 BSHAMの論理的厳密性—「難しさ」の証明

BSHAM鑑定書作成が困難を極めるのは、人間の主観的判断を完全に排除し、科学と数学に裏付けられた証明を義務付けているからです。

1. 🔬 主観の排除と恒常性の定量化

BSHAMは、筆跡個性を「手続き記憶」による無意識の運動プログラムの恒常性として厳密に定義します。

  • 要求される厳密性: 鑑定書では、「ほとんど同じ」という主観的な表現は許されません。恒常性を客観的な数値基準(例:出現頻度75%以上)で定量化することが義務付けられています。

2. ➗ 数学的防御線(積の法則・二項分布)の壁

BSHAM鑑定書は、単なる意見書ではなく、数学的証明書です。

  • 核心的な難易度: 鑑定の結論が「偶然ではない」ことを証明するため、積の法則により特徴の希少性を評価し、さらに二項分布を用いて恒常性の崩れ統計的に有意であることを数学的に立証しなければなりません。この高度な数学的証明が、真の専門性の根拠となっています。

Ⅲ. ⚖️ 司法が認めた真実:「難しさ」こそが基準となる

この難易度の差こそが、司法の場で決定的となっています。

1. 🏆 仙台高裁が「BSHAMの論理」を論拠に採用

仙台高等裁判所は、当所が提出したBSHAMの論理(「恒常性の崩れ」の論理)を判決の骨格として採用し、逆転勝訴を導きました。

  • 事実: 裁判官は、従来の鑑定法が「類似分析の手法」という論理的矛盾を抱えていることを批判し、BSHAMが提示した恒常性の有無という客観的な基準を用いて判断を下しました。

2. 🚨 システムが恐れた「難しさ」

裁判官は、その論理を採用しながらも、BSHAMを直接引用することを回避しました。これは、BSHAMの論理的厳密性が判例として確立されると、従来の鑑定業界の構造的な安定性が崩壊することを司法システムが恐れたためであると推察されます。

結論として、「簡単さ」がもたらす倫理的リスクは、もはや許容されるべきではありません。筆跡鑑定業界の危うい現状を正すには、BSHAMの科学的厳密性という難しさこそが、唯一の解決基準なのです。

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