筆跡鑑定の信頼性をめぐる議論:伝統、数値解析、そして脳科学的アプローチ

所長コラム

筆跡鑑定は、法廷でも用いられる重要な手法ですが、その信頼性については長年議論が続いています。ここでは、従来の鑑定法と、新しい「脳科学的筆跡鑑定法」の比較を通じて、筆跡鑑定の信頼性について考えてみましょう。


1. 従来の筆跡鑑定法が抱える構造的な課題

長年にわたり主流であった鑑定法は、「伝統的鑑定法」と「数値解析法」の2つに大別されますが、それぞれに客観性という点で深刻な課題が指摘されています。

🔹 伝統的筆跡鑑定法の限界

  • 主観性と経験則への依存:鑑定人の長年の経験と勘に頼る部分が大きく、客観的な基準が不明確です。結果として、鑑定人によって判断が分かれる可能性があり、科学の基本である客観性や再現性を満たしていません。
  • 確証バイアスのリスク:鑑定人が無意識のうちに、自身の仮説を裏付ける情報に偏って注目する確証バイアスのリスクも指摘されています。

🔹 数値解析法の「科学的」な落とし穴

筆跡をデジタル化し、数値で比較する数値解析法は一見客観的に見えますが、その根幹には解決困難な課題があります。

偽造筆跡の脅威:本人の変動幅の狭さを逆手にとり、熟練した偽造者が特徴を再現した場合、鑑定結果が偽造者の技量に左右されてしまいます。

「サンプル数の壁」:筆者の「個人内変動幅」(筆跡のブレ)を統計的に正しく把握するためには、最低でも30個以上の筆跡サンプルが必要ですが、実際の事件ではわずか5個程度しか集まらないことがほとんどです。これでは、鑑定の核となる変動幅の分析が統計的根拠を失い、鑑定結果が曖昧な主観的判断に逆戻りする危険性があります。

「閾値」の根拠が不明:類似度をスコア化する際に、「何点以上なら同一人物」と判断するかの判断境界線(閾値)の設定根拠が公開されておらず、科学的な説明責任が果たされていません。

静的分析の限界:文字の形や大きさなど静的な特徴に焦点を当てるため、書いた時の姿勢や体調による筆跡のブレ(個人内変動)を分析に組み込むことが難しく、異なる人物の筆跡が偶然一致してしまう誤認のリスクが生じます。

2. 「脳科学的筆跡鑑定法」という新しいアプローチ

こうした課題に対し、

脳科学的筆跡鑑定法は、数値を使用しない新しい手法です。脳内にプログラムされた運動の軌道や癖が筆跡に現れるという考えに基づいています 。この方法では、単なる一時的な特徴ではなく、「恒常的に出現する筆跡個性」を活用して筆者識別を行います 。

鑑定プロセスは以下の通りです。

  1. 本人の筆跡を調査: 本人筆跡にある様々な特徴の中から、恒常的に出現する筆跡個性を多数調査します 。
  2. 鑑定資料と比較: 次に、選定された筆跡個性が、鑑定資料に出現していない箇所を特定します 。
  3. 判断: 筆跡の個性が「出現しているか否か」という、コンピュータの基本原理である0または1の法則を利用して判断します 。

3. 「照」の文字鑑定にみる恒常性

下図の「照」という文字の鑑定例では、本人の筆跡と遺言書の筆跡を比較しています。

① aの箇所は「日」部の傾きです。本人筆跡は,この日部が左傾して書く筆跡個性があることが分かります。つまり無意識で書く筆跡に恒常的に出現する筆跡個性です。ところが,遺言書の筆跡の3文字のすべてに,この筆跡個性が出現していません。

② bで指摘した箇所は第5画の横画の右上がり度です。本人筆跡では恒常的に標準的に右上がりで書いています。ところが,遺言書の筆跡は水平,右上がり,右下がりと恒常性の崩れが出現しています。

➂ cの指摘箇所は,第8画の縦画の向きです。本人筆跡では9文字すべてに出現する左下に運筆しています。ところが,遺言書の筆跡にはこの筆跡個性が全く出現していません。

④ dの箇所は,第10点画の向きです。本人筆跡では9文字すべてで第10点画を右下方へ運筆します。ところが,遺言書では真逆の左下方へ運筆しています。

⑤ eの箇所は,「召」の右の画から垂直に青の補助線を引きました。本人筆跡では,第13点画は補助線の右にはみ出して書いています。ところが,遺言書の筆跡はすべて補助線の左に収まっています。

このように、数値を使わずに筆跡の個性の有無を特定することで、客観的な鑑定が可能です。筆跡個性を特定できれば,遺言書の筆跡は別人の筆跡であると容易に判断できます。疑問な点や意見がありましたら,一つ一つ丁寧に回答させていただきますのでご遠慮なくお問い合わせください。


まとめ:鑑定の信頼性を高めるために

筆跡鑑定の信頼性は、厳密な科学的根拠や客観性への疑問から、近年著しく低下しています。しかし、「脳科学的筆跡鑑定法」のように、数値化に頼らず、筆跡に内在する恒常的な個性を客観的に特定しようとする新しいアプローチは、今後の筆跡鑑定の信頼性を高める可能性を秘めていると言えるでしょう。

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