遺言書や契約書で筆跡が争われたとき、頼りになるのが「筆跡鑑定」です。 しかし、「科学的な鑑定」という言葉を鵜呑みにしてはいけません。実は、筆跡鑑定の業界は、私たちが思うほど透明ではありません。今回は、筆跡鑑定が抱える3つの大きな矛盾について、分かりやすくお話しします。
矛盾その1:鑑定のプロでも「勘」が頼り?
私たちは、鑑定と聞くと、DNA鑑定や指紋鑑定のように、誰もが認める客観的なデータに基づいていると考えがちです。 しかし、これまでの筆跡鑑定の主流は、「伝統的筆跡鑑定法」という、熟練した鑑定人の長年の経験と勘に頼る手法でした。
文字の書き方には、その人特有の「癖」があります。鑑定人は、この癖を一つひとつ目で比較し、一致するかどうかを判断します。しかし、この方法は、鑑定人によって判断が分かれることもあり、「客観性」や「再現性」という科学の最も大切な基準を満たしているとは言えません。
矛盾その2:「科学的」という言葉のマジック
近年、筆跡をデジタル化し、筆圧や速さを数値で分析する「数値解析法」が登場しました。 これは一見、科学的に見えます。しかし、ここには大きな落とし穴があります。
- 十分なサンプルがない:鑑定には、たくさんの比較資料(対照資料)が必要です。理想は30個以上と言われていますが、実際の鑑定では、たった数個の資料で判断することが珍しくありません。これでは、正確な統計分析はできません。
- 「閾値」の根拠が不明確:数値解析では、「この数値を超えたら同一人物」という判断の境界線(閾値)を設定します。しかし、この閾値が、どのようなデータに基づいて設定されたのか、その根拠が曖昧な鑑定書が少なくないのです。
つまり、「科学的な道具」を使っているだけで、本当に「科学的な分析」をしているとは限らないのです。
矛盾その3:肩書きが真実を隠す?
筆跡鑑定を依頼する際、私たちは鑑定人の「肩書き」を気にします。特に、「元・科学捜査研究所(科捜研)の鑑定人」といった経歴を持つ人には、絶大な信頼を寄せがちです。
科捜研の鑑定人が経験を積んでいることは事実です。しかし、その経験は、多くの場合、前述した「勘」が中心の鑑定法で培われたものです。
本当の鑑定書の信頼性は、鑑定人の肩書きではなく、「どのような手法で」「どのような根拠に基づいて」判断したかを、分かりやすく説明できているかどうかで決まります。しかし、残念ながら、現状は「権威」が「科学的根拠」の代わりになっているケースが少なくありません。
この問題は、私たち自身の問題です。
あなたが直面している筆跡鑑定の不透明性は、単なる業界の話題ではありません。 もし、根拠が曖昧な鑑定書が裁判の場で証拠として使われれば、公正な判断が妨げられる可能性があります。これは、司法の信頼にも関わる、非常に社会的な問題です。
このような問題を解決するためには、私たちが「本当に信頼できる鑑定とは何か」を正しく理解し、疑問の声を上げることが不可欠です。
筆跡鑑定を依頼するときは
筆跡鑑定は、あなたの人生を左右するかもしれない重要な判断材料です。 もし鑑定を依頼する際は、「科学的」や「権威」といった言葉に惑わされず、以下の点を鑑定人に質問してみましょう。
- どのような基準で判断しますか?
- 今回の鑑定で使った資料の数は十分ですか?
- 鑑定の限界や不確実性について、鑑定書に明記してもらえますか?
この最後の問いは、現在の鑑定業界で「当たり前」に行われていることではありません。 しかし、あなたの人生を守るためにも、この問いに誠実に答えてくれる鑑定人こそ、本当に信頼できる専門家と言えるでしょう。


