「筆跡鑑定」と聞いて、あなたはどんなイメージを思い浮かべますか? 刑事ドラマに出てくるような、老練な鑑定士が虫眼鏡を手に、何時間も筆跡をにらみ続けるような、アナログな世界でしょうか。
しかし今、その世界にAIというデジタル技術が大きな変化をもたらそうとしています。ただし、どんな筆跡鑑定法でもAIと相性が良いわけではありません。むしろ、伝統的な手法とは相性が悪いのです。一体なぜでしょうか?
この記事では、AIが筆跡鑑定の世界で力を発揮できる理由と、そうでない理由を分かりやすく解説します。
1. 伝統的筆跡鑑定法とAIの壁
伝統的な筆跡鑑定は、鑑定人の長年の経験と「総合的な判断力」に大きく依存しています。
事例:詐欺事件での筆跡鑑定
ある詐欺事件で、遺書とされる書類の筆跡が本人のものか鑑定することになりました。鑑定人は、その筆跡を長年鑑定してきた経験から「この文字の右払いには、独特の『はね』がある」「字と字の間隔が、本人の書き癖と一致しない」といった、言語化しにくい感覚的な判断を積み重ねていきます。
この手法は、まさに熟練の職人技です。しかし、AIにこの「職人技」を学習させるのは非常に困難です。なぜなら、AIが学ぶには、すべての判断基準が数値化・データ化されている必要があるからです。「独特の『はね』」や「本人の書き癖」といった曖昧な表現は、AIには理解できません。
2. 脳科学的筆跡鑑定法がAIと相性抜群な理由
一方、脳科学的アプローチは「書く」という行為は、脳の無意識の運動プロセスである**という考えに基づいています。文字は単なる図形ではなく、脳が司る「手続き記憶」という無意識の運動パターンが反映されているのです。
事例:署名偽造を見破るAI
会社の重要な契約書に、社長の偽造された署名があると疑われました。しかし、偽造者は社長の筆跡を完璧に真似ており、形だけでは見分けがつきません。
そこで、脳科学的アプローチに基づいたAIの出番です。このAIは、過去の社長の署名データから、以下の「動的な情報」を徹底的に分析します。
- 筆圧の強弱:ある特定の箇所で、無意識に力が抜けている癖
- 筆記速度:署名の始めはゆっくりだが、最後の文字に向かって加速する癖
- ストロークの傾き:文字の始点と終点で、ペンがわずかに傾く癖
これらのデータは、偽造者が意識的に模倣することがほぼ不可能な「無意識の癖」です。AIは、この微細なパターンを膨大なデータから見つけ出し、偽造された署名にはこれらの癖が全く含まれていないことを突き止めました。
このように、脳科学的アプローチは、AIが最も得意とする「数値化されたデータからのパターン認識」に完全にマッチしているのです。
3. 脳科学的アプローチの未来
もちろん、現実の鑑定では紙に書かれた手書きの書類が中心です。しかし、この「静的な情報」から、筆記時の「動的な情報」を推測する技術が急速に進んでいます。
例えば、超高解像度スキャナーでインクの濃淡やかすれを読み取ったり、3Dスキャンで筆圧による紙のわずかな凹凸を解析したりする技術が開発されています。
これにより、紙に書かれた筆跡からでも、筆記速度や筆圧の強弱といった無意識の癖をデータとして抽出し、AIが分析することが可能になりつつあります。将来的には、AIが鑑定人の判断を強力にサポートし、筆跡鑑定の精度と客観性をさらに高めることでしょう。
このように、脳科学的アプローチは、経験と勘に頼る職人芸から、AIが融合した新たな科学の領域へと進化しようとしています。


