【現役筆跡鑑定人が解説】鑑定精度を上げる道具は万能か?顕微鏡・筆圧検知・鑑定ソフトの「真の役割」

所長コラム

筆跡鑑定の現場には、「これを使えば自動で判定できる」と誤解されがちな精密機器が存在します。しかし、実態は大きく異なります。

15年のキャリアを持つ筆跡鑑定人として、一般に誤解されがちな3つのツールについて、その真の役割と限界、そして鑑定資料のほとんどが複写物であるという現実を踏まえた正しい知識を解説します。


1. 🔬 顕微鏡:運筆の「ブレ」を見るのは誤り。「不正の痕跡探し」が真の役割

「顕微鏡で文字を拡大すれば、その人の癖がすべてわかる」という考えは間違いです。筆跡鑑定人が顕微鏡を使うのは、形態の比較ではありません。

誤解:「形態のブレ」を拡大して見つけるため?

筆跡には書き手によって必ず生じる「個人内変動(ブレ)」があります。この形態のブレがある文字を顕微鏡で拡大しても、それは「鑑定人の目を曇らせる、より大きなブレ」にしかならず、形態の比較においては意味が薄いのです。形態の比較は肉眼やルーペで十分です。

真の役割:複写物の「ノイズ」除去と「物理的な不正の検出」

顕微鏡が真価を発揮するのは、複写物または原本物理的な異常の疑いが生じた場合です。

📄 複写物のノイズ(偽情報)の除去

複写物で線が途切れたり太くなったりしている場合、それが原本の運筆の途切れなのか、コピー機のトナーの定着ムラや汚れといったノイズなのかを正確に切り分けます。顕微鏡はトナー粒子の状態を拡大し、判断の誤りを防ぎます

🖋️ 原本における加筆・なぞり書きの特定

原本が入手できた場合、顕微鏡は不正行為の物理的な痕跡を追います。インクの光沢や層の厚みの違いから、線が途中で中断されたり、どちらの線が先に書かれたか(筆順)といった、偽造の決定的な証拠を発見します。

結論:顕微鏡は、筆跡の形態を比較するためではなく、不正行為の痕跡や複写ノイズといった「物理的異常」を判断するために使われる、限定的なツールです。


2. 📏 筆圧検出器:現場では無意味。鑑定人が見るのは「消えた凹凸」の影

「筆圧検出器を使えば、筆圧を数値化して鑑定精度が上がる」という言説は、現場を知らない論理と実務の乖離が生んだ誤解です。

誤解:「鑑定資料の筆圧を測定できる」

鑑定対象となる紙媒体の資料は、デジタル筆圧検知デバイスでは書かれていません。したがって、筆圧検出器を鑑定の主要なツールとするのはナンセンスです。

真の役割:紙に残された「筆圧痕」の評価は困難

筆跡鑑定人は、原本に残された紙の凹凸(エンボス)やインクの濃淡から筆圧のリズムを推察しますが、以下の現実があります。

  1. エンボスの消失: 鑑定資料のほとんどは複写物であるため、筆圧によって紙の裏側に生じた物理的な凹凸(エンボス)は完全に失われます
  2. 濃淡の均一化: 複写機は濃淡を均一なトナーで再現するため、原本の微妙な筆圧の変化を読み取ることは極めて困難になります。

結論:筆圧検出器は鑑定資料に使われておらず、最も重要な筆圧の痕跡も複写物ではほぼ失われます。実務では、他の形態的特徴を重視せざるを得ません。


3. 🖥️ 専用の筆跡鑑定ソフト:科学性は「数値化」に非ず。多角的分析を優先

筆跡鑑定ソフトが、文字をスキャンするだけで「一致度99%」と自動で判定してくれる万能なシステムであるという認識は、誤りです。

誤解:大量の数値データ収集が、科学的な鑑定に必須である

筆跡の幾何学的特徴を数値化するためには、統計学的に意味のある大量(数十個程度)のサンプル筆跡が必要となります。しかし、実際の鑑定現場では、この数のサンプルを収集することは不可能に近いのが現実です。

この制約があるため、必ずしも数値化することが科学的鑑定の唯一の手法ではないのです。数値化しない鑑定法として、筆記時の脳の活動や運動を分析する脳科学的鑑定法などが注目されています。

真の役割:鑑定人の判断を支える「測定と客観的数値化」

鑑定人が使用するソフトは、自動判定ではなく、あくまで分析作業を支援するツールです。

  • 正確な測定: 文字の傾きや字画間の比率など、人間が手作業で行うには時間と誤差が生じる幾何学的特徴を、迅速かつ正確に数値化します。この数値は、鑑定人の主観的な観察を客観的なデータで裏付けるために使用されます。

結論:専用ソフトは、ロジック(計算根拠)が公開され、鑑定人が結果を論理的に解釈できる場合に限り、主観的な観察を客観的な数値データで裏付ける補助ツールとして有効です。ロジックが不明なツールは、鑑定の補助ツールとすら呼べません。


🔑 まとめ:鑑定の主役はあくまで筆跡鑑定人

顕微鏡、筆圧検出器、鑑定ソフトといった機器には、それぞれ鑑定の特定の側面を支援する潜在的な機能があります。

しかし、これらの機器が「筆跡鑑定の答えを出す」わけではありません。

鑑定の精度を決めるのは、機器から得られた限定的な情報を、長年の経験と知識に基づき、総合的に分析し、公正かつ論理的に解釈する「筆跡鑑定人」の能力にほかなりません。

特に筆圧検出器は実務においてナンセンスであり、鑑定ソフトもそのロジック(計算根拠)が公開され、鑑定人が結果を論理的に解釈できる場合に限り、主観的な観察を客観的な数値データで裏付ける補助ツールとして有効に機能します。ロジックが不明なツールは、鑑定の補助ツールとすら呼べません。

安易な技術信仰に惑わされず、鑑定資料の制約(複写物が多い現実)を踏まえた上で、科学的根拠に基づく慎重な判断を行うことが、筆跡鑑定人の責務です。

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