🤯 筆跡鑑定は、あなたが思う以上に「当てにならない」
皆さんは、筆跡鑑定が裁判の証拠として提出される際、「科学的で客観的なもの」だと思っていませんか? 残念ながら、その認識は間違っている可能性があります。
筆跡鑑定は、「偽造の技術が上手な人物」を裁判で圧倒的に有利にし、公正であるべき司法を歪曲するという、非常に危険な構造的脆弱性を抱えています。
1. 危険な真実:正答率20%以下の鑑定人が存在する
私は、トラスト筆跡鑑定研究所 鑑定人 二瓶 淳一として、長年この鑑定法が持つ構造的脆弱性に警鐘を鳴らしてきました。私の知る限り、巧妙な偽造筆跡を鑑定した場合、正答率が20%にも満たない筆跡鑑定人が実在します。
これは、コイン投げのあてづっぽう(50%)よりもはるかに低い確率です。
- 何が問題か?: 鑑定結果が当てにならないにもかかわらず、それが裁判の証拠として扱われ、裁判官は「●という文字は本人筆跡と酷似していることから本人筆跡と強く推認」といった判断を下すことがあります。
- 不公平の根源: この「酷似」を根拠とする判断こそが、偽造が上手な人物は裁判で事実上無罪放免となり、善良な市民が不当に苦しめられる最大の原因です。
🔎 なぜ、従来の筆跡鑑定は「非常に危険」なのか?
筆跡鑑定が危険である理由は、鑑定の焦点が「意識で変えられる部分」に置かれているからです。
① 鑑定の焦点が「目に見える形」にある致命的欠陥
従来の鑑定法(伝統的鑑定法・数値解析法)は、鑑定の焦点を「目に見える形(手)」、すなわち視覚的な「形」に置いています 。
- 偽造原理の無視: 従来の鑑定法は、偽造者が似せて書くという基本原理を無視し、表面的な形状の類似性に着目します 。
- 脆弱性の直撃: そのため、偽造者の技術の巧拙に鑑定結果が左右される脆弱性を克服できず 、巧妙な偽造を見破れないという致命的な弱点を持ちます 。
② 客観的な数値基準がなく、鑑定人の「勘」に頼る
従来の鑑定法は、客観的な数値基準がなく、鑑定人の経験と勘に大きく依存します 。
- 最高裁も限界を指摘: 昭和40年の最高裁判決でも、伝統的鑑定法は「多分に鑑定人の経験と感(勘)にたよるところがあり、ことの性質上、その証明力には自ら限界がある」と認められています 。
- 統計的根拠の喪失: 数値解析法ですら、筆跡の変動幅を正確に特定するための統計学的サンプル(最低30個)が圧倒的に不足しており 、鑑定結果が曖昧な主観的判断に逆戻りしています 。
📢 この危険な状況を終わらせるために:「公開検証」を!
筆跡鑑定が「非常に危険」な手法であるという真実は、誰もこのことを知らないからこそ、いつまでも社会の中で温存され続けています。この状況を打破し、司法の公正性を守るためには、透明性の確保が不可欠です。
- 鑑定人は社会への義務を果たすべき: 鑑定人には、その専門性が社会に与える影響の大きさを鑑み、鑑定の能力の真実を公に示す社会に対する疑念を晴らす義務があります。
- 公開検証への参加を!: 鑑定の信憑性が「個々の鑑定人の実力によって決まる」という現実を社会に知らしめ、司法の誤解を正すため、公開検証(試験)の実施が必要です 。
現在の筆跡鑑定人が誰も公開検証に手を挙げないのは、「巧妙な偽造筆跡には通用しない」という真実が公になることを恐れているからに他なりません。
トラスト筆跡鑑定研究所 鑑定人 二瓶 淳一からのお願い
私たちは、筆跡鑑定が当てにならないという事実をしっかりと肝に銘じ、この危険な鑑定法によって公正な裁判が歪められることがないよう、声を上げる必要があります。
筆跡鑑定の裏側にある「非常に危険な真実」を知り、公開検証の実施を求める運動に注目してください。
【追記】 脳科学的筆跡鑑定法(BSHAM)は、従来の鑑定法の脆弱性を克服するため、鑑定の焦点を「無意識の運動プログラム(脳)」へ完全に移行し 、統計学的な防御線に基づく客観的な結論を導くことを目指す、独自の体系を構築しています 。この新しい科学的体系が、従来の鑑定法に代わるものとして期待されています。


