「筆跡鑑定なんて、裁判の証拠にならない」 世間では、まことしやかにそう囁かれています。
実は、業界最大手と言われる法科学鑑定研究所(東京都小金井市)の公式ホームページに、この噂に対する非常に興味深い「言い分」が掲載されています。
私はその文章を読んだとき、思わず膝を打ちました。 なぜなら、彼らが批判している「ダメな鑑定人」の特徴が、そのまま彼ら自身の実態に当てはまっていたからです。
今回は、法科学鑑定研究所の主張(建前)と実態(本音)を照らし合わせ、なぜ今、筆跡鑑定業界が信用を失っているのか、その「真犯人」を論理的に解明します。
1. 彼らの主張:「主観だらけの鑑定が業界をダメにした」
法科学鑑定研究所のホームページには、以下のような記載があります。
「筆跡鑑定の分野は国家資格や認定・認証等がありません。そのため…経歴不詳の人間が”科学的な手法”や”統計学的な手法”を理解せずに筆跡鑑定を行なっています。」 「非科学的な鑑定手法で主観的な鑑定方法を用いて筆跡鑑定を行っているケースが非常に多い」 「このような状況が続いた為、『筆跡鑑定は証拠にならない』と言われるようになってしまいました。」 (出典:法科学鑑定研究所 公式ホームページより引用)
素晴らしい主張です。これには私も100%同意します。 「主観」で適当なことを言う自称・鑑定人が多すぎるせいで、業界全体の信頼が損なわれている。その通りです。
そして、彼らはこう続けます。
「当社は…主観的な鑑定結果を導くことを避けるため、数値解析や多変量解析などの科学的・統計学的な手法を用いて筆跡鑑定を実施し…」
つまり、「うちは主観を排除して、数値でやるから科学的だ」と宣言しているわけです。
2. 決定的なブーメラン:「Excel手動入力」は客観なのか?
しかし、ここで前回の記事(第2弾)で公開した、法科学鑑定研究所の実際の鑑定書(2025年作成)を思い出してください。
彼らが「主観を排除するため」に使っている技術とは何だったでしょうか? それは、人間が定規やマウスで測定点を決め、その数値をExcelに入力する「座標読取法」でした。
ここで、科学的な問いを投げかけます。 「文字のどこを『ハネの先端』と定義し、どこに点を打つか」を決めるのは誰でしょうか?
AIではありません。人間(鑑定人)です。 鑑定人が「ここだ」と思った場所に点を打つ。その入り口が「主観」である以上、それをいくらExcelで計算しても、出てくる結果は「数値化された主観」に過ぎません。
- 入り口:主観(法科学鑑定研究所の人間が測定点を決める)
- 処理:計算(Excel)
- 出口:主観の塊
これを「客観的科学」とは呼びません。 彼らがホームページで批判している「主観的な鑑定方法を用いているケース」に、彼ら自身が完璧に当てはまっているのです。
3. 40年前の「統計学」で現代の裁判は戦えない
さらに彼らは、他者を「統計学的な手法を理解せずに」と批判していますが、彼ら自身の鑑定書に記載された参考文献は1980年代の理論で止まっています。
現代のデータサイエンスの基準において、わずか数点のサンプルを、人間が手入力したデータに基づいて回帰分析することを「統計学的証拠」と呼ぶのは、あまりに危ういと言わざるを得ません。
「筆跡鑑定は証拠にならない」と言われる原因を作っているのは誰か? それは、「Excel計算=科学」だと錯覚し、昭和の理論を「最新」と言い張り、主観的な測定を繰り返している法科学鑑定研究所のような存在ではないでしょうか。
4. 結論:BSHAM™が目指す「真の客観性」
私たちBSHAM™(脳科学AI 筆跡鑑定®)は、技術の現在地を「フェーズ1(AI検証型)」と定義しています。 なぜなら、現在の技術レベルにおいて最も信頼性が高いのは、人間の「文脈理解」とAIの「監視」を組み合わせることだからです。
両者の違いは明白です。
- 法科学鑑定研究所(フェーズ0): 人間が主観で点を打ち、そのままExcelで計算して終わり。 → 「主観のやりっぱなし」(チェック機能なし)
- BSHAM™(フェーズ1): 専門家が抽出したロジックに対し、AIが「論理的矛盾や飛躍がないか」を厳格に監査(Audit)する。 → 「AIによる客観的監視」(二重の担保あり)
「法科学」という看板を掲げながら、AIの監視も入れず、古い手動測定を「最新科学」と言い張る。 この「特大ブーメラン」が刺さった状態の鑑定書が、果たして裁判で通用するでしょうか?
賢明な依頼者の皆様は、言葉の綾(レトリック)ではなく、「その鑑定結果は、AIなどの客観的な監査を受けていますか?」という一点を確認してください。 「監査のない手動計算」は、科学ではなくただの「個人の感想」なのです。私たちBSHAM™(脳科学AI 筆跡鑑定®)が、なぜ「AIによる自動抽出」にこだわるのか。 それは、「人間が測定点を選ばない」ことこそが、主観を排除する唯一の方法だからです。



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