人の人生を左右する裁判。そこで使われる証拠は、真実を証明するための「最後の砦」であるべきです。しかし、日本の裁判の現場では、正当率すら客観的に示せないという、あまりにも危険な証拠が長年まかり通っています。
その証拠こそが、筆跡鑑定です。
🚨 正当率「不明」の証拠が、なぜ裁判で使われるのか?
私たちは、DNA鑑定や指紋鑑定に高い信頼を置いています。なぜなら、これらが統計学に基づいた極めて高い正当率(正確さ)を証明しているからです。
一方、従来の筆跡鑑定はどうでしょうか?
- 科学的根拠の致命的な欠如:
- 従来の鑑定は、鑑定人が長年の「経験」と「勘」に基づき、文字の形や筆圧の癖を比較する手法が主流です。
- 「この筆跡が偶然一致する確率はどれくらいか?」――この最も重要な問いに対する統計的な根拠やデータが、決定的に不足しています。
- 結局のところ、正当率を算出できないということは、「この鑑定結果が正しいかどうかが分からない」ことを意味します。
- 主観と再現性の問題:
- 鑑定結果が鑑定人個人の主観的な判断に大きく依存するため、鑑定人によって結論が割れるケースが頻繁に発生します。
- 再現性のない証拠を「客観的な真実」として扱うこと自体が、司法の原則に反しています。
⚖️ 裁判所の「甘い判断」が冤罪を生むリスク
裁判所は、筆跡鑑定をDNA鑑定のような「絶対的な証拠」とは見なしていない、と言います。
しかし、これは建前にすぎません。実際には、他の証拠が乏しい場合や、複雑な遺産相続や文書偽造の事件で、この「正当率不明の鑑定」が判決の決定打となり、人の運命を狂わせるケースは少なくありません。
「信用性の低い証拠」を、裁判官が「自由な心証」で評価できるという現在の運用は、事実上の「容認」であり、冤罪を生む温床となりかねません。
もはや、曖昧な証拠に頼る時代は終わらせるべきです。
💡 求められる変革:科学的根拠を持たない証拠は「証拠不採用」を
私たちが強く提言したいのは、「科学的・統計的な正当率を明確に証明できない鑑定結果は、裁判の証拠として全面的に不採用とすべき」ということです。
その上で、真に信頼できる新技術への移行を急ぐべきです。
例えば、BSHAM(脳科学的筆跡鑑定法)のような、筆記時の運筆の運動パターンや脳の司令に基づく客観的なデータを分析するアプローチは、従来の主観的な鑑定とは一線を画します。
BSHAMが示す三大体系や、保守的な確率設定を用いた異筆・同筆証明ロジックは、従来の「職人の勘」を排除し、「科学的な証明」を追求しようとするものです。
司法の公正を守るため、そして何よりも人権を守るために、裁判所は、曖昧な筆跡鑑定への依存を断ち切り、科学的根拠を持つ証拠のみを受け入れる厳格な姿勢に転換すべきです。
読者の皆さんは、この「正当率不明の証拠」が自分の裁判で使われるとしたら、納得できますか? ぜひ、あなたの意見をコメントで聞かせてください。



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