これまでの議論の「最終結論」をお伝えします
これまで一連の記事で、「紀州のドンファン事件」の判決を分析し、なぜ従来の「経験と勘」に頼る鑑定が司法の場で否定されたのかを解説してきました。
「科学的ではないから」「客観性がないから」……様々な理由を挙げましたが、それらは全て表面的な現象に過ぎません。
従来の鑑定手法が現代の裁判で通用しなくなった最大の理由。その最も深い根源にある「致命的な欠陥」とは何か。
それは、お客様が気づかれたこの一言に集約されます。
「従来の鑑定法は、間違いなく偽造されていない筆跡である、という前提に立つ鑑定法である」
今回は、この衝撃的な事実の意味を、最後に解き明かします。
1. 鑑定のスタートラインが間違っている
従来の鑑定人は、依頼された資料を見る際、無意識のうちに「性善説」に立っています。
彼らの主な手法は「文字の形を見比べること(形態比較)」です。 「この線が少し長い」「ここの角度が似ている」……そうやって虫眼鏡で比較します。
しかし、ここには重大な落とし穴があります。 「偽造者は、似せて書く」からです。
巧妙な偽造者は、文字の「形」を真似る訓練をしています。 もし鑑定人が「これは(多少の違いはあれど)本人が書いたものだろう」という甘い前提で見てしまえば、偽造者が意図的に似せた「形」を見て、「よく似ているから本人だ」、あるいは「少し違うがブレの範囲内だ」と誤認してしまいます。
つまり、従来の手法は「高度な偽造を見抜くためのロジック」が最初から組み込まれていない**のです。平和な時代の「書道教室の添削」と同じレベルであり、騙し合いの法廷で通用するはずがありません。
2. 「科学的鑑定(BSHAM)」は「疑い」から始まる
対照的に、現代の司法が求める科学的鑑定(当研究所のBSHAMなど)は、スタートラインが全く逆です。
私たちは「性悪説(偽造の可能性を常に疑う姿勢)」から出発します。
- 「形が似ている? それは偽造者が似せたからかもしれない」
- 「だから、意識して真似できる『文字の形』は信用しない」
では、何を見るのか? 偽造者が絶対にコントロールできない「無意識の運動指令(恒常的な癖)」と、物理法則に基づく「インクの痕跡」だけを見ます。
「形を似せることはできても、脳からの運動指令までコピーすることはできない」 「ゆっくりなぞって書けば、必ずインクの出方に不自然な証拠が残る」
この冷徹な物理的・脳科学的な視点があるからこそ、巧妙な偽造を見抜くことができるのです。
【結論】あなたの依頼先は「どちらの前提」に立っていますか?
もしあなたが今、鑑定依頼を考えている業者が、いまだに「経験と勘」や「文字の形の比較」を売りにしているなら、警戒してください。
彼らは悪気なく、「偽造など存在しない」という平和ボケした前提で、あなたの重要な証拠を見ようとしているかもしれません。
裁判所はもう、その甘い前提に気づき、NOを突きつけました。 あなたの大切な裁判を、時代遅れの「性善説」に委ねてはいけません。 「偽造の可能性」を科学的に前提とした、本物の法科学鑑定を選んでください。



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