【シリーズ第2回】裁判所が認めた「真の科学的根拠」とは? 判決文に見る「恒常性の抽出」と「偽造の物理的限界」の証明

未分類

【前回のおさらい】司法は「経験と勘」を捨てた

前回の記事では、和歌山地裁が「紀州のドンファン事件」の判決において、従来の鑑定法(経験則や主観に基づく鑑定)を「採用し難い」と明確に排斥した衝撃的な事実についてお話ししました。

では、逆に裁判所が「信用できる(採用する)」と判断した鑑定には、一体どのようなロジックが書かれていたのでしょうか?

そこには、従来の鑑定業界で定説とされていた「ブレの範囲(許容範囲)を見る」という考え方を根本から覆す、冷徹な「科学的視点」が存在しました。

今回は、判決文(令和6年6月21日 和歌山地裁)の記述を紐解きながら、司法が認めた「本物の科学鑑定」の正体に迫ります。


1. 「ブレの範囲」を見るのではない。「ブレない癖」だけを見るのだ。

従来の筆跡鑑定では、よくこのような説明がなされてきました。 「文字は書くたびにブレるものです。この文字の違いは、本人の『ブレの範囲内(許容範囲)』ですから、同一人です。」

一見もっともらしく聞こえますが、実は統計学的には大きな落とし穴があります。 正確な「ブレの範囲(標準偏差)」を特定するには、同一時期の資料が最低でも30個程度は必要です。しかし、実務でそれだけの資料が揃うことは稀です。 つまり、従来の鑑定人は、分かりもしない「ブレの範囲」を、自分の「勘」で勝手に決めていただけなのです。

裁判所が認めた「BSHAM(脳科学的筆跡鑑定法)」のロジック

今回、勝訴した鑑定(およびそれを採用した判決文)は、その曖昧さを完全に排除しました。判決文には、以下のような論理が採用されています。

「筆跡の個人内変動(ブレ)を考慮する必要があることを前提に……」 「個人内変動が大きい中にも……恒常的に表れている筆癖が認められる」

これが意味すること:

裁判所は、「ブレの範囲を測る」という不可能なアプローチではなく、以下のロジックを支持したのです。

  1. 変動の無視: 文字には必ずブレ(変動)がある。だから、ブレる部分は証拠にならないので無視する。
  2. 恒常性の抽出: その代わり、どんなにブレても75%以上の確率で顔を出す「不変の癖(恒常性)」だけを特定する。
  3. 異同判断: その「恒常的な癖」が、鑑定資料にあるか、ないか。

「なんとなく似ている」「範囲内だと思う」という主観を捨て、「固有の運動指令(癖)の有無」だけを見る。このデジタルで客観的な判断基準こそが、司法を動かしたのです。


2. 「なぞり書き(透写)」を完全否定した物理的証拠

もう一つの大きな争点は、「遺言書は透写(なぞり書き)された偽造ではないか?」という点でした。 ここでも判決文は、従来の「線が震えているから怪しい」といった主観的な指摘ではなく、物理的・運動生理学的なロジックを採用しました。

判決文は、以下のような理由で「透写の可能性」を否定しています。

「透写の場合には生じない、終筆部や転折部における筆圧によるインクだまりがある」 「微細な箇所の再現は困難であって……透写等によって作成された可能性が高いとはいえない。」

これが意味すること:

これは非常に鋭い指摘です。 誰かの文字をなぞって書こうとすると、どうしても慎重になり、筆記速度が落ちます。すると、インクの出方は均一になります。

しかし、遺言書の文字には、迷いなく勢いよく書いた時にしか生まれない「インクだまり(筆圧の強弱)」や、高速で書かれた「微細な運筆」が残っていました。

裁判所は、「似ているから偽造だ(なぞったに違いない)」という原告側の主張を退け、「インクの物理現象」や「運動の軌跡」という客観的な事実に基づいて、偽造の可能性を論理的に潰したのです。


3. 結論:司法が求めているのは「再現可能なロジック」

この判決が示したメッセージは明確です。

これからの筆跡鑑定に求められているのは、 ×「私の長年の勘では、これは範囲内です」 という検証不可能な主観ではありません。

○「ブレる部分は除外しました。その上で、この固有の癖(恒常性)が一致しています」 ○「このインクの痕跡は、物理的に偽造では発生し得ません」 という説明可能で論理的な「科学的証明」です。

「ドンファン事件」の判決は、日本の筆跡鑑定が「職人芸」から「科学捜査」へと脱皮するための、重要なマイルストーンとなりました。

しかし、残念ながら業界の多くの「自称・専門家」たちは、いまだにこの判決の重要性に気づかず、「数値化は危険だ」などと言って古い手法にしがみついています。なぜ彼らは科学を拒むのでしょうか?


次回予告:その鑑定人は本物か?

次回、第3回では、いよいよ業界のタブーに切り込みます。 Google検索の上位に出てくる鑑定所の中にさえ潜む、「専門家のフリをした素人(擬態)」の実態。

そして、彼らが決まり文句のように使う「数値化は危険だ」という言葉の正体が、実は「サンプル数30の壁」を知らないことへの敗北宣言あることを、統計学の視点から完全に論破します。

【第3回】「数値化は危険」の正体は、「サンプル数30の壁」を知らないことへの敗北宣言だ

ご期待ください。


(シリーズ構成)

  • 【第1回】 「筆跡鑑定はどれも同じ」は大間違い! ドンファン事件判決文が暴いた決定的な差(公開済み)
  • 【第2回】 今回はこちら:裁判所が認めた「真の科学的根拠」とは? 「恒常性の抽出」と「偽造の限界」
  • 【第3回】 Google検索上位の「老舗鑑定所」を信じるな。「弁護士の紹介だから安心」が一番危ない理由
  • 【第4回】 依頼する前に聞いてください。デタラメな鑑定を避けるための「たった3つの質問」

コメント