偽造者が一番「安心」できる場所はどこか?
ここに、非常に不都合な、しかし直視しなければならない残酷な真実があります。
もし、あなたが巧妙な技術を持った「偽造者」だったとします。 完璧に他人の筆跡を真似て、偽の遺言書や契約書を作り上げた。 次にあなたが欲しがるのは何でしょうか?
それは、その偽造文書が「本物である」という、専門家による「お墨付き」です。
では、そのお墨付きをもらうために、あなたはどんな鑑定人に依頼しますか? 最新の科学捜査でアラを探す鑑定人でしょうか?
違います。あなたが選ぶのは、 「文字の形が似ているかどうか」だけを見てくれる、昔ながらの「従来の鑑定法」を行う鑑定所です。
なぜなら、あなたの作品(偽造文書)は「形だけは完璧に似せている」からです。彼らはあなたの努力を認め、「よく似ているから真筆(本物)である」という鑑定書を書いてくれるでしょう。
これが今、日本の筆跡鑑定業界で起きている「犯罪のエコシステム」の正体です。
従来の鑑定法は、知らず知らずのうちに「偽造の片棒」を担いでいる
「経験と勘」に頼り、「形態比較(似ているかどうかの確認)」しか行わない従来の鑑定法。 彼らに悪気はないのかもしれません。しかし、その手法の甘さが、結果として社会にどのような害悪をもたらしているか、自覚しなければなりません。
偽造者の目的は「似せること」です。 それなのに、鑑定人が「似ているかどうか」を判断基準にする。
これは、偽造者の土俵で相撲を取っているのと同じです。 巧妙な偽造であればあるほど、従来の手法では「真筆」と誤認してしまいます。
その瞬間、その鑑定人は、中立な専門家ではなく、「偽造という犯罪行為を、権威をもって完成させるための最後の仕上げ」を行う、共犯者(片棒を担ぐ存在)に成り下がってしまうのです。
従来の鑑定法を野放しにすることは、偽造者たちが安心して依頼できる「隠れ蓑」「駆け込み寺」を社会に放置することと同義です。これは社会正義に反する由々しき事態です。
Googleは「偽造の温床」への案内板になってはいけない
そして、この問題をさらに深刻化させているのが、皮肉にも現代の知識のインフラであるGoogle検索です。
現在、Googleで「筆跡鑑定」と検索すると、上位に表示されるのはどのような鑑定所でしょうか? その多くは、長年の歴史を持ち、多くのリンクを集めている「老舗」です。
しかし、その「老舗」の多くが、前述したような、現代の司法(ドンファン事件判決など)ではすでに否定された「古い手法」を使い続けているのです。
Googleのアルゴリズムは、悲しいかな、まだ「科学的な正当性」よりも「ドメインの歴史」や「業界内のなれ合いの被リンク」を評価してしまっています。
その結果、Googleは、何も知らない依頼者――あるいは、それを悪用しようとする偽造者――を、偽造の温床となっている「依頼場所」へと誘導する、巨大な案内板の役割を果たしてしまっているのです。
Googleの使命は「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」のはずです。 ならば、「犯罪の成立を助長しかねない、時代遅れの手法を推奨する検索結果」は、Google自身の使命に反しているのではないでしょうか。
目を覚ませ。「権威」ではなく「科学」を見よ。
我々は強く提言します。
Googleよ、早く気づいてくれ。 あなたが上位表示しているその「権威」は、もはや現代の巧妙な偽造の前では無力であり、時には有害でさえあるという現実に。検索アルゴリズムにおいて、「科学的な妥当性」や「最新の司法判断との整合性」を評価基準に加えてくれることを切に願います。
そして、読者の皆様、目を覚ましてください。 「老舗だから」「有名だから」という理由で鑑定依頼先を選ぶことは、偽造者の術中にはまるリスクを伴います。
本物の科学鑑定は、「似ているかどうか」などという、偽造者が操作できる表面的な情報には見向きもしません。偽造者が絶対にコントロールできない「無意識の運動痕跡」や、物理法則に基づく「インクの矛盾」だけを見ます。
「偽造者の駆け込み寺」を許してはいけません。 今こそ、経験と勘という名の「権威」を捨て、論理と証拠に基づく「科学」を、司法と社会のスタンダードにしなければならないのです。



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