まだ「経験と勘」で、人の人生を左右する裁判を戦うつもりですか?
筆跡鑑定について調べようとGoogle検索をすると、上位に表示される、ある有名な老舗筆跡鑑定センターの記事。
私はその内容を読んで、我が目を疑いました。21世紀の現代において、科学を標榜する専門機関のサイトに、堂々とこう書かれていたからです。
「科学的な理論に基づいて証明されているものが多い現代においても、無理に数値化する事は危険である」
はっきり申し上げます。 私はこの一文を読んで、呆れ果てました。
これは専門家の慎重な意見などではありません。 「私たちには、筆跡を客観的な数値データとして解析する技術力がありません」という、事実上の「科学に対する敗北宣言」です。
もし「DNA鑑定」や「医療」で同じことを言われたら?
少し想像してみてください。あなたが重大な病気で病院に行き、医師にこう言われたらどう思いますか?
- 「血液検査の数値を信じるのは危険です」
- 「私の長年のカンでは、大丈夫だと思います」
そんな医者、絶対に信用できませんよね?
現代の科学捜査、例えばDNA鑑定や指紋鑑定において、「数値データに基づかない鑑定」などあり得ません。「一致する確率は〇〇%」と数値で出すからこそ、証拠としての価値を持つのです。
それなのに、なぜ筆跡鑑定業界だけが、「数値化は危険だ」などという前時代的な言い訳が許されると思っているのでしょうか?
「ブレがある」からこそ「統計」が必要なのです
彼らが「数値化は危険」と主張する最大の根拠は、「人間の書く文字には毎回ブレ(個人内変動)があるから」だそうです。
これは、統計学の基礎すら理解していない素人の意見です。 科学(特に統計学)とは、「そのブレ(分散)を数値化し、客観的な確率を計算するために生み出された道具」です。
- 「ブレがあるから数値化できない」のではありません。
- 「ブレがあるからこそ、大量のデータを取って統計的に数値化しなければならない」のです。
彼らの主張は、「計算が難しいから、やりたくない」と言って逃げているのと同義です。
結論:「ブラックボックス」に逃げ込まないでください
「数値化は危険」という言葉は、一見もっともらしく聞こえます。 しかし、その本質は「客観的な証拠(データ)を出さずに、私たちの『経験と勘』というブラックボックスの中で判定させろ」というポジショントークに過ぎません。
検索上位に表示されているからといって、その情報を鵜呑みにしないでください。
- 「数値化から逃げ、検証不可能な『勘』に頼る鑑定所」
- 「勇気を持って数値を提示し、その限界とリスクも論理的に説明する鑑定所」
あなたの人生や財産がかかった重要な局面で、どちらを信じるべきか。 賢明な皆さんなら、答えは火を見るよりも明らかはずです。
本物の科学は、決して「数値化」から逃げたりはしません。



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