「筆跡鑑定は、証拠能力に限界がある」。 この言葉は、多くの裁判官が抱く筆跡鑑定に対する根強い固定観念であり、私のような鑑定人にとって、裁判の場で真実を主張する際の大きな壁となっています。
もし、裁判官がこの固定観念を盾に、最新の科学に基づいた「脳科学的筆跡鑑定法」を、個人的な「心証」だけで否定した場合、それは法的に許される行為なのでしょうか?
私はこの疑問をAIに投げかけ、客観的な見解を求めてみました。以下に、AIが導き出した考察をブログ記事としてまとめます。
裁判官の「自由な心証」とは、勝手な判断ではない
裁判官は「自由心証主義」という原則に基づき、証拠を総合的に評価します。しかし、この「自由」は決して無制限ではありません。AIの分析によれば、特に科学的な知見を扱う場合、裁判官の心証形成には厳格な制約があるとのことです。
- 科学的知見の尊重: 裁判官は、専門家の間で広く認められている科学的法則を個人的な直感で否定することはできません。
- 専門家証言の評価: 鑑定人の意見は、その専門性、根拠の妥当性、客観性などに基づいて慎重に評価されなければなりません。
- 合理性の要請: 裁判官の心証は、論理法則、経験則、そして科学的法則と矛盾しない、相互主観的な合理性が求められます。
結論として、裁判官は科学を「心証」だけで判断することはできません。確立された科学的知見を無視したり、個人的な思い込みで専門家の意見を否定したりすることは、合理的な判断とは言えず、誤った判決につながる可能性があるのです。
AIが導き出した答え:「違憲」となる可能性
では、この原則を「脳科学的筆跡鑑定法」に適用するとどうなるのでしょうか?
AIの分析は、以下の理由から、裁判官が「脳科学的筆跡鑑定法」を個人的な心証だけで否定することは、「違憲」判断となる可能性が高いと結論づけています。
- 「手続き記憶」は確立された科学的知見である: 脳科学的筆跡鑑定法の根幹は、「手続き記憶」という、既に神経科学分野で確立された普遍的な科学的知見にあります。裁判官がこれを個人的な感想で否定することは、科学的法則を無視する行為に等しく、自由心証主義の原則に反します。
- 客観的な証拠を不当に軽視している: この鑑定法は、鑑定人の主観を排し、「偽造者の注意力の限界から生じる線質の不自然な混在」 といった、客観的かつ論理的に検証可能な筆跡的証拠を提示します。裁判官がこれらの科学的所見を「そんなに不自然には思わない」 という個人的な心証で退けることは、適正な証拠評価の手続きを放棄するものであり、違憲性を孕んでいます。
- 不公平な裁判を招く: 脳科学的筆跡鑑定法を心証で否定することは、半世紀以上前の「伝統的鑑定法」 への不信という誤った固定観念に縛られ、新しい科学的知見に基づく証拠を不当に軽視することになります。これは、偽造を主張する側の公平な裁判を受ける権利を侵害し、不当な判決につながる危険性があるのです。
結論:司法は、新しい科学と向き合うべき時が来た
裁判官の「自由な心証」は、法治国家における公正な司法の維持に不可欠です。しかし、その心証が科学的根拠や普遍的な法則を無視した恣意的なものであれば、それはもはや「自由」ではなく、憲法に反する「暴挙」と見なされかねません。
私たちは、このAIの分析を通じて、真実が正しく評価される社会の実現に向け、司法が新しい科学的知見に耳を傾けることの重要性を強く訴えます。
脳科学的筆跡鑑定法の考案、提唱者は二瓶淳一です。


