筆跡鑑定という言葉を聞くと、多くの人がイメージするのは、文字の形や癖を比較する従来の鑑定手法でしょう。この手法は、「科学的」な根拠として「個人内変動幅(ゆらぎ)」の分析を土台にしています。
しかし、この従来の鑑定法の土台には、半世紀以上も見過ごされてきた、非常に危険な落とし穴が存在します。
核心的な問題点:科学的理想と実務の「サンプル数」の大きな壁
従来の筆跡鑑定の理論は、筆跡の形が持つ普遍性(筆者固有の特徴)と可変性(個人内変動幅)を比較することにあります。
1. 従来の鑑定法の科学的理想:サンプル数「30」の壁
筆跡の「ゆらぎ」を正確に把握し、統計的・科学的に分析するためには、共通の文字(例:「永」という漢字)を最低でも30個以上集めることが、理論上望ましいとされています。これは、サンプルの数が多ければ多いほど、筆者の「一般的な筆跡の幅」を正確に捉えられるからです。
2. 実務の現実:鑑定書に並ぶ「5」の数字
ところが、従来の鑑定法が適用される実務ではどうでしょうか?
特に遺言書や契約書などの重要な文書では、鑑定対象の文字と同じ共通文字を30個も集めるのは事実上不可能です。そのため、多くの鑑定書は5個程度の少ないサンプル数で判断を下しています。
→深刻な問題: 5個以下のデータだけで、筆者の「個人内変動幅」を正確に決定し、「科学的」に結論を出すことは、統計学的根拠が極めて薄弱です。これにより、従来の鑑定書の結論は、その根拠の薄さから、大きな意味を持たない可能性が高まっています。
間違った「常識」の継続は社会的な責任放棄である
このサンプル数不足という従来の鑑定法の根本的な弱点にもかかわらず、「個人内変動を科学的に分析した」と理論だけを掲げた鑑定書が長年流通してきました。
この現状を放置することは、社会にとって言い訳がききません。 信頼性の低い鑑定書が重要な法的な判断を歪める事態は、社会の正義と公平性を揺るがすからです。
従来の鑑定法の限界を克服するために
この「不都合な真実」を打破するためには、従来の「形」や「変動幅」だけに依存する分析から脱却し、筆記の背後にある人間の特性に焦点を当てる新しい科学的アプローチが必要です。
例えば、文字の形状だけでなく、運筆の速度、筆圧の変動、筆順など、筆記時の脳から手に送られる運動指令に起因する普遍的な特徴を分析するような、根本的に異なる視点を取り入れることが求められます。
この新しい科学的視点こそが、従来の鑑定法が抱えるサンプル数不足の壁を乗り越え、鑑定の信頼性を真に高める鍵となるでしょう。
鑑定書を読み解くための最終チェックポイント
もし、従来の鑑定法に基づく鑑定書を目にする機会があれば、その結論を受け入れる前に、次の点を必ず確認してください。
- 鑑定対象文字と一致する共通文字(対照資料)がいくつ集められているか?
- サンプル数が極端に少ない(5個以下など)にもかかわらず、鑑定人が「個人内変動」について断定的に言及していないか?
サンプル数不足の鑑定書は、理論的根拠が薄弱である可能性が極めて高いと認識し、より科学的根拠の強い新しいアプローチによる再検証を求めることが、現状を打破する唯一の道です。


