序章:「簡単さ」が生み出した倫理的破綻
筆跡鑑定業界は、公的な資格制度がないという構造的な隙間に、論理的厳密性を欠いた「自称専門家」が大量に参入する構造を持っています。
その結果、「誰でも書ける鑑定書」が蔓延し、鑑定の質は無視され、見せかけの権威が横行しています。このレベルの低さの究極形が、鑑定書に過去の勝訴判決文を掲載するという、専門性を放棄した宣伝手法です。
この構造的な危うさこそが、司法の信頼性を奪っています。
Ⅰ. 📉 伝統的鑑定書が「誰でも書けてしまう」構造的欺瞞
従来の鑑定書が専門性ゼロとなるのは、鑑定人が科学的防御線をすべて放棄しているためです。
1. 🔍 鑑定の根幹を崩す「主観的選択バイアス」
伝統的鑑定法では、筆跡比較の客観的な選定基準が存在しません。
- 欺瞞の構造: 鑑定人は、自分の結論に都合の良い箇所(同筆にしたいなら類似点、別人なら相違点)を偏向して選定できます。この手法は、偽造者が意図的に類似性を高めてくる原理を無視しており、論理的に成り立ちません。
- 容易さ: 鑑定結果は、選定した特徴点の単純な「多数決」で決定されます。ワードと画像処理ができれば、専門的知識なく鑑定書を作成できてしまうのです。
2. 🚨 論理なき「定説」とSEOの悪循環
論理的な根拠のない情報が、業界の「定説」として広められています(例:原本がなければ鑑定できない、執筆期間の乖離は10年以内など)。
- Googleの盲点: 資格のない人物が、これらの根も葉もない誤情報を大量にホームページに書き込むことで、Googleアルゴリズムは「広く認知されたコンセンサス」と誤認し、論理なき鑑定人を検索上位に表示し続けます。
Ⅱ. 💔 業界のレベルを象徴する「権威の究極的偽装」
鑑定人が「鑑定書に勝訴判決文を掲載する」という行為は、論理と専門性のレベルが極めて低いことを自ら証明している行為です。
1. 🤯 結果を証明にすり替える論理的破綻
鑑定書の本質は、提出された筆跡がなぜ同一(または別人)であるかを、科学的・論理的に証明することにあります。
- 偽装の目的: 過去の勝訴判決文を掲載することは、「この鑑定書自体には説得力がないが、我々は過去に裁判で勝った実績があるから信用せよ」というメッセージを送りつけているに他なりません。
- 本質的な欠陥: これは、鑑定結果の「質」ではなく、訴訟の「結果」(状況証拠、弁護士の力量、裁判官の判断など)という外部要因をもって権威を主張する、専門性の放棄です。
2. 🛡️ 「協会・法科学」の名称を使った誤魔化し
実力がない人物は、この「勝訴実績」の偽装に加え、権威的な名称を利用します。
- 構造的欺瞞: 「法科学」といった名称を冠していても、実際は外部の人物に鑑定を委託しているだけという構造が横行しています。これは、「名義」を使って依頼人を欺き、「権威」を装うという、倫理的に破綻した戦略です。
このレベルの低さが、「鑑定ができるかどうかも分からない人物」を「鑑定人」として認定し続ける、業界の腐敗した構造を露呈させているのです。
Ⅲ. 🧠 BSHAMの使命:「困難さ」で業界を浄化する
この危うい現状を解決できるのは、「曖昧な類似性」ではなく、「反証不能な論理」だけです。
1. 🔬 真の専門性の基準
BSHAMは、主観的判断を排除し、無意識の運動プログラム(手続き記憶)の分析と、積の法則・二項分布に基づく数学的防御線を義務付けています。
- 結論: この論理的厳密性は、安易に作成できる鑑定書を根本的に否定し、「誰でも書ける鑑定」が成立しない科学の壁を築きます。
2. ⚔️ 司法の場で真の権威を確立
従来の鑑定人が論理的な反論をせず沈黙を続ける中、私たちは仙台高裁の判決が示したように、BSHAMの論理的厳密性を武器に、司法の判例という最高の外部権威をもって、この業界のレベルの低さと倫理的欠陥を正していきます。



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