「筆跡鑑定は科学の分野であり、日々進化を遂げる筆跡鑑定が過去の判例に拘束されることはあってはなりません。」。
この言葉は、筆跡鑑定の真実を追求する鑑定人にとっての信念です。しかし、この信念とは裏腹に、日本の筆跡鑑定業界は、「筆跡鑑定の証明力に限界がある」という裁判所の固定観念 に縛られ、その地位を著しく低下させています。
そして、この由々しき事態に対し、筆跡鑑定の研究を担う日本で唯一の公的機関である「科学警察研究所」が、全く機能していない という、驚くべき事実が明らかになりました。
1. 科学警察研究所の筆跡鑑定研究が抱える致命的な課題
科学警察研究所のウェブサイト(「科学警察研究所.pdf」)には、「情報科学第二研究室」が「高度な文書鑑定を行うための基礎研究や技術開発を行っている」 と記載されています。しかし、その研究内容を精査すると、以下のような致命的な課題が浮き彫りになります。
- 「運動」の重要性に対する認識の欠如: ウェブサイトには、「筆跡の形の特徴(字画の長短や曲直など)や表記の特徴を解析する他に、文字を書いている時の運動を記録し、それらと筆跡の特徴との関係を解析する必要がある」 と述べられています。これは一見、正しい認識のように見えます。 しかし、「書字中のペン先の位置、速度及び筆圧に関する情報を記録できる装置」 を用いて基礎データを収集していると記載されている一方で、「遺言書等の鑑定資料はどのようなペンの位置で書かれたか等分かる訳がない」 という、鑑定実務との決定的な乖離が指摘されています。 これは、鑑定実務に役立たない基礎研究に終始しており、「筆跡鑑定は無力ではない」という反論を司法に行うことは、この先も期待できないことを示唆しています。
- 「科学」を名乗りながら「前例」に縛られる驕り: 科学警察研究所は、その鑑定手法について、「警察系が採用していた『伝統的筆跡鑑定法』は、もはや警察組織では採用する機会が減っている」 ことを暗に認めていると推察されます。 にもかかわらず、「筆跡鑑定の証明力に限界がある」 という裁判所の判例に対し、「この機関は反論する気配すらありません」。これは、「科学」の名を冠しながらも、「伝統的鑑定法」という過去の前例に縛られ、新しい科学的知見の導入や、司法の誤った認識を正すという使命を放棄している ことを示唆します。
- 「民間よりも優れている」という誤った錯覚: 科捜研が「同一人の筆跡」と鑑定した非常に容易な案件を、私が「別人の筆跡」と判断したにもかかわらず、警察が「民間の鑑定所よりも科捜研の方が信用力が断然高い」 と主張した事例が報告されています。 この事例は、科捜研の筆跡鑑定が「話にならないレベル」である ことを示唆し、「警察職員の方々は、民間の鑑定人よりも自分たちが優れているという錯覚は早く捨てた方がいい」 という、強い批判を招いています。
2. 「筆跡鑑定の信憑性」を司法が判断する不条理な現状
科学警察研究所が筆跡鑑定に関する使命を放棄している一方で、「筆跡鑑定の信憑性」という、本来は科学的に検証されるべき問題が、「科学とは無縁の裁判所」 によって判断されているという不条理な現状があります。
- 司法が「鑑定書の内容を読まない、理解しない」: 裁判官が「鑑定書は厚いものなので、鑑定人の話を聞かなくとも十分ではないか」 という認識を持つことは、鑑定書の内容が正しく吟味されていないことを示しています。その結果、「筆跡の類似性が高いから本人筆跡」 といった、偽造の基本原理を無視した的外れな判決文 が散見されるのです。
結論:筆跡鑑定を救うために、公的機関の変革が不可欠
筆跡鑑定の信用が地に落ち、善良な人々が「偽造のやったもの勝ち」 という不条理に苦しむ現状は、科学警察研究所の「機能不全」が招いた、極めて深刻な悲劇です。
私たちは、この悲劇を食い止めるために、以下の点を強く訴えます。
- 科学警察研究所の変革: 科学警察研究所は、「筆跡鑑定の信憑性」が低いとされる原因が、「鑑定能力の低い鑑定人が淘汰されない」 という、業界の構造的な問題にあることを理解し、その解決に向けた研究と発信をすべきです。
- 「公開検証」の実施: 「公開検証(試験)」によって、筆跡鑑定の信憑性が「個々の鑑定人の実力」によって決まる という真実を社会に知らしめ、司法の誤解を正す必要があります。
筆跡鑑定の真実を守るため、「権威や肩書だけを理由に鑑定技術、能力を判断されることがどれほど悔しいことか」 を理解し、真に科学的な鑑定が正しく評価される社会の実現を強く願います。


