「筆跡鑑定は証拠にならない」……それは“過去の話”です。
「どう見ても筆跡がおかしいのに、裁判所が鑑定を採用してくれない」 「弁護士に『筆跡鑑定は決定打にならないからやめよう』と言われた」
これらは、長年この業界で囁かれてきた「定説」です。 確かに、一昔前まではそうでした。しかし、その常識は今、音を立てて崩れ去ろうとしています。
あの有名な「紀州のドンファン事件」の判決(和歌山地裁)において、裁判所は筆跡鑑定を「避ける」どころか、ある特定の論理を用いた鑑定書を全面的に採用し、判決の決め手としたのです。
なぜ、これまでの常識と違うことが起きたのか? 今回は、最新の司法判断に基づき、裁判所が求めている**「本物の証拠能力」**について深掘りします。
理由1:「知ったかぶり」の自称専門家が淘汰されたから
これまでの裁判所が筆跡鑑定に消極的だった最大の理由は、「鑑定人のレベルが低すぎたから」です。
従来の鑑定人の多くは、「長年の経験」や「勘」を頼りに、「ここが似ているから本人だ」「雰囲気が違うから偽造だ」という主観的な主張を繰り返してきました。 しかし、最高裁も認めている通り、そのような「経験則」には限界があります。
ドンファン事件の判決では、まさにこの点が厳しく問われました。 「検証を回避している」「資料の選び方が恣意的だ」として、従来の鑑定法を用いた鑑定書は明確に排斥(不採用)されたのです。
つまり、裁判所は鑑定を嫌っているのではなく、「論理的欠陥のある、ニセモノの専門家」を嫌っているだけなのです。
理由2:「数値化は危険」という“言い訳”が通用しなくなった
従来の鑑定人はよくこう言います。 「筆跡はブレるものだから、数値化するのは危険だ。機械的には判断できない」
一見もっともらしいこの言葉ですが、実はこれ、統計学を知らないことへの「敗北宣言」なのです。
確かに、正確なブレの範囲(標準偏差)を知るには「サンプル数30個」が必要です。実務でそれだけの資料が揃うことは稀でしょう。 しかし、だからといって「数値化を放棄して勘に頼る」のは科学ではありません。
今回、司法が認めた新しい鑑定ロジック(BSHAM等)は、この壁を乗り越えています。 「30個ないから範囲は測れない」と認めた上で、「少ない資料でも75%以上の確率で現れる『癖(恒常性)』」だけを抽出し、それが偶然一致する確率を数学的に否定する――。
この「論理的強制力」の前に、「数値化は危険だ」という古い言い逃れはもはや通用しません。
理由3:結果が「曖昧」なのではなく、ロジックが「明快」になった
かつての鑑定は「可能性が高い」という言葉でお茶を濁すことが多く、それが裁判官を迷わせていました。 しかし、本物の科学鑑定はもっとドライで明快です。
- 「ブレ(変動)の部分は証拠にならないので無視しました」
- 「その上で、絶対に変わらない『固有の運動指令』が一致しています」
- 「このインクの痕跡は、物理的に偽造では発生し得ません」
ドンファン判決でも、このような「物理的・客観的な事実」の積み上げが評価されました。 「どちらの可能性も捨てきれない」のではなく、「科学的に見れば、こちらの可能性しかあり得ない」と言い切れるロジックがあれば、裁判所は動くのです。
【結論】裁判を有利に進めるための「唯一の道」
もしあなたが今、筆跡の真贋で争う必要に迫られているなら、これだけは覚えておいてください。
「筆跡鑑定は証拠にならない」のではありません。 「論理のない鑑定書はゴミになる」だけです。
他の証拠(状況証拠など)を集めることももちろん重要です。 しかし、それ以上に重要なのは、「あなたの依頼する鑑定人が、裁判官を納得させるだけの『論理的強制力』を持っているか?」を見極めることです。
- 「経験と勘」だけで語っていませんか?
- 「数値化はできない」と逃げていませんか?
- そのロジックは、ドンファン事件の判決基準に耐えられますか?
時代は変わりました。 「定説」に惑わされず、司法が認めた「新しい科学の基準」で戦うことこそが、真実を勝ち取るための最短ルートです。


