【自由心証主義の罠】裁判官は脳科学的筆跡鑑定法を「心証」で判断できるのか?

所長コラム

裁判官は、証拠に基づいて事実を認定する際に、「自由心証主義」という原則に従います。これは、特定の証拠に縛られず、すべての証拠を総合的に評価して、合理的な判断を下すことができるという、公正な裁判の根幹をなす重要な考え方です。

しかし、この「自由」は決して「勝手な判断」を意味するものではありません。特に、科学的な知見を扱う場合、裁判官の心証形成には厳格な制約が存在します。

では、この原則は、従来の筆跡鑑定を軽視してきた司法の現状を変えることができるのでしょうか? そして、裁判官は、画期的な「脳科学的筆跡鑑定法」を、従来の鑑定法と同様に「心証」だけで判断することができるのでしょうか?

1. 裁判官の「自由な心証」に課せられた、科学の制約

自由心証主義の原則を理解するために、いくつかの重要なポイントを確認しましょう。

  1. 科学的知見の尊重: 確立された科学的知見や法則は、裁判官の判断を拘束します。例えば、「DNA鑑定の結果は高い精度で個人を特定できる」という広く認められた科学的常識を、裁判官が個人的な直感や経験則で否定することはできません。
  2. 専門家証言の評価: 裁判で科学的知見が争点となる場合、専門家証言が重要な証拠となります。裁判官は、専門家の意見を、その「根拠の妥当性」「客観性」「他の証拠との整合性」などを考慮して評価しなければなりません。
  3. 心証形成の限界: 裁判官の心証形成は、「理性的な者であれば誰もが真実であると確信する」という相互主観的な合理性が求められます。つまり、科学的法則、論理法則、そして社会的な経験則と矛盾しない判断でなければなりません。

結論として、裁判官は科学を「心証」だけで判断することはできません。確立された科学的知見を無視したり、個人的な思い込みで専門家の意見を否定したりすることは、合理的な判断とは言えず、誤った判決につながる可能性があります。

2. 「脳科学的筆跡鑑定法」は、心証で判断できない科学だ

従来の筆跡鑑定法は、鑑定人の経験や勘に頼る部分が大きく、明確な判断基準も存在しなかったため、裁判官の自由心証で「証明力に限界がある」と判断されてきました。

しかし、「脳科学的筆跡鑑定法」は、その本質が根本的に異なります。

これは、筆跡を単なる「見た目」として捉えるのではなく、「脳に刻まれた運動動作の痕跡」であるという普遍的な脳科学の原理に基づいています。つまり、従来の鑑定法が「非科学的」と見なされてきたのに対し、脳科学的筆跡鑑定法は、明確な科学的根拠を持つ「客観的な知見」なのです。

したがって、裁判官は、この新しい鑑定法を、従来の鑑定法に対する「心証」をそのまま適用して判断することはできません。

  • 従来の鑑定法: 鑑定人の主観や経験という不確かな要素が中心
  • 脳科学的鑑定法: 脳という客観的な科学原理に基づく、検証可能な論理が中心

裁判官は、脳科学的鑑定法が提示する「なぜ偽造筆跡に不自然な線質の混在が生じるのか」という脳科学的な論理 や、「偽造者の書き癖が露呈する」という多角的な分析結果 を、理性的に評価し、合理的に判断する義務があります。

結論:司法は、新しい科学と向き合うべき時が来た

裁判官の「自由な心証」は、あくまでも、すべての証拠を総合的に考慮し、論理的かつ合理的なプロセスを経て形成されるべきものです。

脳科学的筆跡鑑定法は、従来の鑑定法が抱えていた限界を乗り越え、「筆跡鑑定は無力ではない」という真実を証明する、強力な科学的武器です。

司法は、この新しい科学的知見を、これまでの慣例や個人的な心証だけで判断するのではなく、その客観性と論理性を正面から受け止め、公正な判決を下す責任があります。

私たちは、この事実を世に問いかけ、真実が正しく評価される社会の実現に向けて、これからも挑戦し続けます。

脳科学的筆跡鑑定法の考案、提唱者は二瓶淳一です。

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