【業界の闇】なぜ「鑑定ができない筆跡鑑定人」が検索上位に君臨し続けるのか

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これまで幾多の筆跡鑑定書を見てきましたが、検索上位に表示される「自称・筆跡鑑定人」の中には、驚くべきことにまるで鑑定ができない者が存在しています。

鑑定人と名乗りながら、全く鑑定ができない者がこれほどまでに跋扈(ばっこ)しているのは、この筆跡鑑定業界に限った異常事態と言えるでしょう。

これは単なる資格制度の有無の問題ではありません。今回は、なぜこの業界で「偽物が淘汰されないのか」、その構造的な欠陥についてお話しします。

他の業界ではあり得ない「自然淘汰」の欠如

例えば、ブランド品の鑑定を行う店は世の中に山ほどあります。しかし、彼らはきちんと「本物」と「偽物」を見抜く鑑定ができなければ、即座に死活問題となります。偽物を本物として売れば信用を失い、市場から退場せざるを得ないからです。

ブランド品などの鑑定は、ほぼ間違いなく白黒(正解)がつけられます。だからこそ、鑑定技術の劣る者は自然と淘汰されていくのです。

ところが、筆跡鑑定の世界は違います。「100%偽造である」「100%本物である」と断言しても、その正誤を即座に証明・信用できる第三者が存在しません。そのため、間違った鑑定を垂れ流しても、誰からも咎められず、ぬくぬくとその座に君臨することができてしまうのです。

鑑定ができなくとも淘汰されない――これは筆跡鑑定という分野が持つ、非常に特殊で危険な性質です。

検索アルゴリズムが拡散する「間違った定説」

この「淘汰されない」という事実は、現代の検索社会においてさらなる悪循環を生んでいます。

Googleなどの検索アルゴリズムは、内容の真偽そのものよりも、世の中に浸透している情報や、多くの人が言及している「定説」を重視して判断する傾向があります。

筆跡鑑定の業界では、まともな鑑定ができない低レベルな鑑定人たちが作り上げた「間違った定説」が蔓延しています。アルゴリズムはそれを「一般的な事例」として学習してしまうため、私のように「従来の鑑定法では鑑定できない」と論理的に正しい警鐘を鳴らしても、それは異端なノイズとして処理されかねません。

周りは私の知識と大きくかけ離れたレベルの低い人物ばかり。非常にニッチな業界であるため、私のような外野が一人で叫んだところで、多くの人には「また誰か騒いでいる輩がいる」といった程度にしか映らず、見向きもされないのが現実です。

本来であれば淘汰されるべき情報が、「検索上位」という権威を纏って拡散され続ける。この構造がある限り、業界の自浄作用は期待できません。

司法の壁とロジックの孤独な戦い

筆跡鑑定人の個人の能力が客観的に分からない以上、その実力は「正答率」ではなく、「鑑定技術のロジックの良し悪し」で見るほかありません。

しかし、ここでも「定説」が邪魔をします。

たとえ、非常に高度で優れた鑑定ロジック(鑑定法)が提示され、裁判官が内心で「このロジックの方が優れている」と判断したとしても、それを判決の根拠とすることには高いハードルがあります。

裁判所は判例や前例を重んじます。「定説」とは異なる新しいロジックを証拠として採用し判決文を書くことは、これからの判例への影響を考えると、裁判官にとって非常にリスクが高い行為だからです。口が裂けても「従来の定説より、この新しい鑑定を重視した」とは言いにくい空気が司法の場にはあります。

結論:それでも「ロジック」で戦うしかない

高度な専門分野である筆跡鑑定を、たった1冊の鑑定書で理解させることは容易ではありません。しかし、自然淘汰が働かず、正答率という指標も持てないこの世界で唯一の武器となるのは、やはり「論理(ロジック)」です。

Googleアルゴリズムが定説を優遇しようとも、司法が保守的であろうとも、私はその「ロジックの良し悪し」を徹底的に突き詰めていくしかありません。

「定説」を作っている山のような輩たちとは違う、真実を見抜くための論理。この業界の発展を望めない現状であっても、私はその一点を追求し続けます。

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