「筆跡鑑定 方法」と検索した時、あなたの画面には必ずと言っていいほど、以下の「3つの手法」が並列に表示されているはずです。
- 伝統的筆跡鑑定法(目視による特徴比較)
- 数値解析法(文字の計測による比較)
- 科学的方法(マイクロスコープや機器による検査)
多くの弁護士や依頼者は、このリストを見た瞬間に、ある種の「洗脳」にかかります。
それは、「筆跡鑑定の世界には、この3つの選択肢しか存在しない(これらが全てだ)」という、思考の枠組みを植え付けられてしまうことです。
断言します。
この「3つの選択肢」は、あなたを敗訴へと誘う「思考の檻」です。
本稿では、この検索結果が抱える致命的な矛盾と、それが日本の司法制度に与えている深刻な弊害について解説します。
1. 「道具」を「手法」と偽るトリック
最大の欺瞞は、「科学的方法」という項目の定義にあります。
検索結果の多くは、「マイクロスコープや赤外線、画像解析ソフトを用いた手法」を科学的鑑定と呼んでいます。
しかし、冷静に考えてください。
顕微鏡で拡大したり、画像を重ね合わせたりするのは、あくまで「検査(Observation)」であり、「鑑定(Judgment)」ではありません。
- 検査: ミクロの世界で文字の状態を見る(道具の役割)。
- 鑑定: それがなぜ「同一人物のもの」と言えるのか論証する(論理の役割)。
既存の「科学的方法」には、後者の「論理」が欠落しています。
どんなに高価な機械で検査しても、最終的に「似ているからクロだ」と人間が感覚で決めるのであれば、それは「ハイテク機器を使った感想文」に過ぎません。
「道具(ハードウェア)」を、あたかも独立した「手法(ソフトウェア)」であるかのように偽装し、並列に並べること。これが第一の罠です。
2. 「古い手法」を「標準」と誤認させる罪
さらに恐ろしいのは、この3つを並列に扱うことで、本来なら博物館行きであるはずの古い手法に対して、「標準的な選択肢の一つである」という誤った市民権を与えてしまっていることです。
伝統的筆跡鑑定法(目視)
これは鑑定人の「カン(主観)」に依存しており、検証可能性がありません。これは「手法」ではなく「個人の感想」です。
数値解析法(計測)
特に注意が必要なのがこの手法です。「文字の長さや角度を測る」と聞けば客観的に聞こえますが、「どこを計測点にするか」を決めるのは人間です。
自分に都合の良い箇所だけを計測すれば、結果はどうとでも操作できます。
つまり、数値解析法とは「数値の皮を被った主観」であり、科学的客観性は存在しません。
これらを「現役のスタンダード」として延命させている現状は、医学に例えるならば、現代の外科手術と並べて「おまじない」や「瀉血(しゃけつ)」を治療の選択肢として提示しているようなものです。
情報の非対称性を利用した、依頼者に対する背信行為と言わざるを得ません。
3. 裁判官が嘆く「証拠能力の限界」の正体
裁判所の判決文において、「筆跡鑑定の結果には限界がある」「決定的な証拠とはなり得ない」という言葉が頻繁に使われます。
これを読んだ弁護士の先生方は、「筆跡鑑定とは、所詮あやふやなものなのだ」と諦めてしまいます。
しかし、それは間違いです。
裁判官は、筆跡鑑定という科学そのものに限界を感じているのではありません。
弁護士の先生方が、検索結果の「檻」の中から選んで提出してくる「論理なき鑑定書」に対して、「この程度では証拠にならない」とNOを突きつけているだけなのです。
「伝統的」という名の主観、「数値的」という名のこじつけ、「科学的」という名の機械自慢。
これらを見せられれば、論理を重んじる裁判官が「限界」を感じるのは当然です。
つまり、「限界」があるのは筆跡鑑定ではなく、流通している「手法」の方なのです。
4. 檻の外にある「第4の真実」—— BSHAM™
私たちTrust筆跡鑑定研究所が提唱する「脳科学AI筆跡鑑定(BSHAM™)」は、検索結果にある3つのリストには含まれません。
なぜなら、私たちはその「古い檻」の外にいるからです。
誤解しないでいただきたいのは、BSHAM™は「新しい機械の名前」ではありません。
道具ではなく、「論理(ロジック)の名称」です。
- 筆跡を「文字の形」ではなく「脳の運動制御ログ」として解析する(神経科学)。
- 「似ている」という主観を排し、「ラプラスの継起則」を用いて確率論的に証明する(統計学)。
- AIに「批判的監査」を行わせ、論理の飛躍を徹底的に排除する(法科学)。
これこそが、道具に頼らず「論理」で完結する、独立した科学的鑑定手法です。
結びに:検索結果を疑え
「筆跡鑑定には3つの方法がある」。
この検索結果は、あなたの思考を停止させるためのプロパガンダです。
その檻の中に、あなたの真実を救える答えはありません。
「手法を選ぶ」のではなく、「論理を選ぶ」という視点を持った時、初めてあなたは「証拠能力の限界」を突破することができるのです。


