筆跡鑑定で本当に見るべきポイントとは?既存鑑定法の限界を専門家が解説

所長コラム

筆跡鑑定と聞くと、テレビドラマなどで見る「専門家が筆跡を見て犯人を特定する」といったイメージをお持ちの方も多いのではないでしょうか。しかし、実際の筆跡鑑定は、そのようなエンターテイメント的な要素とは異なり、非常に科学的で緻密な分析が求められる分野です。一方で、その科学的根拠の曖昧さや、鑑定人の主観に依存する部分があるという批判も存在します。

今回は、筆跡鑑定の際に本当に注目すべきポイントと、現在一般的に用いられている鑑定法の限界について、専門家の視点から解説します。特に、その有効性や客観性に対する批判的な視点も踏まえながら、お伝えしていきます。


筆跡鑑定の「誤解」と「真実」

まず、多くの人が抱いている筆跡鑑定への誤解を解きましょう。

  • 誤解1:筆跡鑑定は「感情」や「性格」を読み取るもの? 筆跡からその人の性格や心理状態を読み取ろうとする「筆跡診断」というものも存在しますが、これは科学的な筆跡鑑定とは全く異なるものです。筆跡鑑定は、あくまで筆跡の同一性や異同性を客観的に判断しようとするものであり、筆跡から書き手の内面を推測することはできません。
  • 誤解2:鑑定人が「直感」で判断するもの? 経験豊富な鑑定人であっても、直感だけで判断することはありません。筆跡鑑定は、多数の筆跡特徴を比較検討し、その類似点や相違点を分析することで結論を導き出そうとします。しかし、この分析プロセス自体が客観的な数値で標準化されているわけではないため、鑑定人の経験や判断に大きく依存するという批判も存在します。

筆跡鑑定で本当に見るべきポイント

では、実際に筆跡鑑定を行う上で、専門家がどのような点に注目しているのでしょうか。

1. 運筆の癖(筆癖)

これは最も重要なポイントと言えるでしょう。人が文字を書く際、無意識のうちに現れる筆の運び方、線の方向、筆圧の強弱、筆記具の始筆・終筆における癖など、個々人固有の無意識の動きを指します。

  • 始筆と終筆の癖: 文字を書き始める際の筆の入り方(入り方、角度、筆圧)や、書き終わる際の筆の止め方(止め、ハネ、払い)には、その人ならではの癖が出やすいです。
  • 線の連結と間隔: 文字と文字、あるいは文字内の画と画のつながり方、間隔の取り方にも個人差があります。
  • 筆圧の分布: どこに強い筆圧がかかり、どこで筆圧が抜けるかといった筆圧の強弱のパターンも重要な要素です。
  • 速度の緩急: 速く書く部分、ゆっくり書く部分といった、運筆の速度変化も筆癖として現れます。

2. 文字の構成とバランス(手続き記憶の可視化)

個々の文字の形だけでなく、文字全体のバランス、各部分の配置、画の長さや太さの比率なども詳細に分析します。これらの形状的な特徴は、単なる視覚的な情報として捉えるのではなく、書き手の手続き記憶に記憶された「運動の軌道」が可視化されたものとして捉えることが重要です。

  • 字画の相対的な長さ・太さ: たとえば、「口」という字の縦画と横画の長さの比率や太さのバランスなど。これらは、文字を書く際の筆の動きの記憶を反映しています。
  • 文字全体の重心: 文字が右に傾いているか、左に傾いているか、重心が上にあるか下にあるかなども、筆記時の身体全体の運動や重心移動の記憶が可視化されたものです。
  • 空間の取り方: 文字の内部空間や、文字と文字の間の空間の取り方も、書き手の運動記憶に基づいています。

3. 字画の品質(筆順、線の品質)

  • 筆順の独自性: 一般的な筆順から外れた書き方をしている場合、それがその人の固有の癖である可能性があります。
  • 線の震え、乱れ: 高齢や体調不良、あるいは模倣などの不自然な書き方の場合、線に震えや乱れが見られることがあります。
  • 筆記用具による特性: ボールペン、万年筆、鉛筆など、使用する筆記用具によって線の表情は異なりますが、その中でも個人特有の書き方が現れます。

既存鑑定法の限界と批判

従来の筆跡鑑定はさまざまな特徴を比較検討しますが、その客観性や科学的根拠については議論の余地があり、いくつかの限界が指摘されています。

1. 比較資料の量と質の問題

鑑定を行う上で最も重要なのは、比較対象となる真正な筆跡資料(比較資料)の量と質です。

  • 比較資料が少ない場合: 鑑定対象となる筆跡と同じ時期に書かれた比較資料が極端に少ない場合、筆跡の特徴を正確に把握することが困難になります。
  • 比較資料の状態が悪い場合: 複写やスキャンなどで劣化している資料、あるいは筆記具や筆記環境が異なる資料の場合、正確な比較が困難になることがあります。このような場合、鑑定結果の信頼性は大きく低下すると言わざるを得ません。

2. 環境要因や身体・精神状態の影響と筆跡個性

筆跡は、書き手の身体的・精神的状態、筆記具の種類、書かれた場所(机の硬さなど)といったさまざまな環境要因に影響されます。

  • 体調の変化: 病気や怪我、加齢などにより、筆跡に一時的な変化が生じることはあります。
  • 精神状態: 強いストレスや興奮状態にある場合、普段とは異なる筆跡になることもあります。
  • 筆記環境: 立って書いた場合と座って書いた場合、硬い机と柔らかい机では筆跡が異なることがあります。

これらの要因による筆跡の変化は、多くの場合、書く都度変わる単なる特徴に過ぎません。個々人固有の運筆の癖である「筆跡個性」は、このような一時的な環境要因の影響をほとんど受けないとされています。しかし、鑑定の際にはこれらの変化が筆跡個性の見極めを困難にする可能性も考慮に入れる必要があります。

3. 巧妙な模倣筆跡・韜晦筆跡の判別における根本的な課題

模倣筆跡や、意図的に筆跡を変えて書かれた韜晦筆跡(とうかいひっせき)の場合、鑑定が困難になることがあります。

  • 模倣筆跡: 他人の筆跡をそっくりに真似て書かれたものです。熟練した模倣の場合、肉眼では見破ることが非常に難しいという意見がある一方で、詳細な分析を行えば、その不自然さや偽造の痕跡は十分に検出可能であるという意見も存在します。
  • 韜晦筆跡: 自分の筆跡だと特定されないように、意図的に普段とは異なる筆跡で書かれたものです。

これらの偽造筆跡の多くは、元となる筆跡に「似せて」書かれています。筆跡鑑定においては、通常の鑑定では見落としてしまうような微細な運筆の癖や、不自然な筆運びの痕跡から偽造を見破る必要があるとされますが、その判断は鑑定人の主観に大きく依存し、客観的な基準が確立されているとは言い難いのが現状です

4. 従来の筆跡鑑定における科学的根拠の曖昧さと客観性の欠如

従来の筆跡鑑定の最大の批判点の一つは、その科学的根拠の曖昧さと、客観的な数値基準の欠如です。指紋鑑定やDNA鑑定のような明確な確率論的な裏付けがないため、鑑定人の経験や訓練に依拠する部分が大きく、法廷での証拠としての採用には慎重な意見も少なくありません。

鑑定結果が「同一である可能性が高い」といった主観的な表現になることが多く、定量的な評価が難しいという点が、その限界として指摘されています。


まとめ

従来の筆跡鑑定法は、画線の長さや形状、角度、起筆部や終筆部の形状、面積比の一致や類似性に視点を置いて、筆跡を分析しようとしますが、その科学的根拠や客観性には限界があり、批判も存在します。特に、偽造筆跡が「似せて」書かれるという本質的な性質から、単に見える特徴の類似性を比較するこの鑑定法では、筆者識別に限界がある点が指摘されます。

筆跡個性とは、手続き記憶に記憶された運動軌道が可視化されたものと、その軌道に現れる運動癖の2点を指します。この筆跡個性の概念は、脳科学的な筆跡鑑定法において非常に重要です。

「脳科学的筆跡鑑定法」は、まさにこの筆跡個性に注目するものです。複数の本人筆跡から恒常的に出現する筆跡個性を特定し、それが鑑定資料に出現しているか否かを調査する方法が採用されます 。これは、従来の類似鑑定法が画線の長さ、角度、面積、起筆部や送筆部、終筆部の形状の類似性など「見える特徴」の比較に留まるのとは異なり、書き手の無意識下で形成される固有の筆跡パターンを捉えようとするものです 。当研究所の鑑定書では、手続き記憶に基づけば、一度形成された無自覚な運動軌道や運動癖は、意図的に真似しようとしても完全に再現することは極めて困難であり、仮に形状が似ていても他人が完全に模倣することはできないと述べています 。これにより、高い確度での筆者識別が可能であると示しています 。

従来の筆跡鑑定においては,比較資料の制約や環境要因、巧妙な模倣筆跡や韜晦筆跡の存在に加え、鑑定人の主観が入り込む余地があるという点も考慮する必要があります。

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