筆跡鑑定の証拠能力は本当に低いのか? 裁判所の姿勢が問われる現状

所長コラム

「筆跡鑑定は裁判ではあまり重視されない。証拠としての価値は低い。」

このような話を聞くと、まるで裁判所が筆跡鑑定の証拠能力を意図的に低く見せようとしているかのように感じてしまうかもしれません。しかし、本当にそうなのでしょうか?そして、もしそうだとしたら、その背景には何があるのでしょうか。

「信用できない」と言われる筆跡鑑定の現状

裁判官が筆跡鑑定に対して疑念を抱く背景には、いくつかの理由が考えられます。最も大きな理由の一つは、「原告と被告で全く異なる鑑定結果が出てくる」 という現実です。これでは「どちらが本当なのか分からない」となり、結果的に筆跡鑑定そのものの信頼性が揺らいでしまうのも無理はありません。

では、なぜ真逆の鑑定結果が出てしまうのでしょうか?裁判官の中には、「依頼人に有利な鑑定書しか出してこない」 という見方をする人もいます。つまり、「筆跡鑑定人は、依頼人の意向に沿って都合のいい鑑定書を作成する」という、鑑定人の職業倫理を疑うような短絡的な発想があるように感じられます。

残念ながら、依頼人の意向に沿って鑑定書を作成する筆跡鑑定人が存在するのも事実です。しかし、筆跡鑑定の専門家として言えるのは、そのような鑑定人はごく一部だということです。多くの筆跡鑑定人は、客観的な事実に基づき、真摯に鑑定に取り組んでいます。

なぜ「信用できない」状況が生まれてしまうのか?

この「信用できない」状況は、単に一部の悪質な鑑定人の問題だけではありません。その根底には、筆跡鑑定業界の構造的な問題と、裁判所の筆跡鑑定に対する理解不足があると考えられます。

  • 資格制度の不在: 筆跡鑑定には、医師や弁護士のような明確な国家資格がありません。極端な話、今日から「筆跡鑑定人」と名乗れてしまうのが現状です。このため、十分な知識や経験を持たない鑑定人が存在し、質の低い鑑定書が提出されるケースがあることも否定できません。
  • 鑑定の質のばらつき: 資格制度がないゆえに、鑑定人の技術レベルには大きなばらつきがあります。鑑定能力が低い場合、正確な鑑定ができないために、結果として依頼人の意図に沿ったような、あるいは根拠の薄い鑑定書が作成されてしまう可能性も出てきます。

裁判所の「でっち上げ」ではないが、偽造者を助長する危険性

裁判所が意図的に筆跡鑑定の証拠能力を「でっち上げ」て低く見せている、とまでは断言できません。むしろ、質の低い鑑定書が提出される現実を目の当たりにし、「筆跡鑑定をどう判断したらいいのか分からない」 という困惑や、「誤った判断をしないための防衛策」 として、証拠としての価値を低く評価する傾向にあるのではないでしょうか。

しかし、この現状を放置して良いはずがありません。裁判所が「判断できないから信用しない」という姿勢を続けることは、結果として偽造者を助長する ことに繋がりかねません。

例えば、偽造によって多額の財産を騙し取った者がいるとします。筆跡鑑定によって偽造が明らかになったとしても、裁判所がその証拠を軽視すれば、偽造者は「筆跡鑑定は裁判で通用しない」と考え、さらに大胆な偽造行為に及ぶ可能性があります。これは、公正な社会の実現に逆行する由々しき事態です。

質の高い筆跡鑑定が評価されるために

筆跡鑑定は、時に事件の真相を解明する上で非常に重要な手がかりとなり得るものです。裁判所がこの現状を改め、筆跡鑑定の真価を適切に評価できる環境を整える必要があります。

具体的には、裁判所自身が、筆跡鑑定の特性や限界、そして真贋を見極める目を養うための研修や体制を強化することが求められます。質の高い鑑定書を見極める能力を持つことで、信頼性の低い鑑定書を排除し、本当に価値のある証拠を裁判に活かせる ようになります。

筆跡鑑定が、法廷でその真価を発揮できる日が来ることを願っています。そして、そのためには、筆跡鑑定業界全体の自浄努力に加え、裁判所の姿勢の変化が不可欠です。


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